羊
逢坂 冬子
羊が鳴いている
嵐の吹き荒れる草原に
たった一匹だけで
メェメェ、と
あの羊は
はぐれた仲間の群れを
呼んでいるのか
ずっとメェメェと
鳴き続けているだけ
あの羊を
わたしは知っている
わたしの悲しみが
そう教えてくれた
誰も迎えにこないまま
嵐のなかで動けずにいる
あのかわいそうな羊は
いつかのわたし自身だ
不意に痛みが
昔の記憶から甦り
それは胸のなかで
静かな怒りに変わっていった
誰もが生きるすべを知らないまま
嵐の中に放り出されるのだ
だから
あの羊は死ななければいけない
嵐のなか
メェメェ、と鳴いている羊を
わたしは静かに見据える
そして牙を剥き
四肢で地面を強く蹴って
羊に襲いかかっていった