たもつ



春の偏西風が吹いて反芻は加速度を増す
牧場は世界との境界線を更に曖昧にする
牛飼いは牛の記憶を朗読している
元牛飼いはふと乗り換えるべき駅を間違えている
世界で最も模範的な牛に関する解答が
牛を知らない採点官によって焼却されている
その向こうの小高い丘の上では
僕の大切な人が両手を広げて空を見失う
僕は傷のない右手で美しい千摺りに明け暮れたまま
いったい何頭の牛とやっちまったというのか
牛の絶叫が僕の口の中で柔らかな繊維質となる
存在しない牛が存在しない草を食んでいる
そんな存在しない寓話を存在しない僕が書き続けている
もう牛のために
これ以上僕を探すな




自由詩Copyright たもつ 2005-05-04 01:16:19
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