遊泳禁止
ただのみきや

水に溶ける道化師

 あの尻に開いた窓との間に
雨の幕
 ブロック塀を上手から下手へ
  一羽のスズメ 
   踊る小娘
米を撒く
   無礼千万
豆も撒く
   満員御礼
意味もなく
   合点承知と
神はなく
   残念無念と
きみは泣く
   万事休すと
夢もなく


靴下なくした
小娘ころんだ
泣いて涙をながしても
雨に飲まれて見えなくなって
あまえる人もいないから
泣く泣く起きて帰って行くと
空からカラスがアメ玉落とし
娘の口へころがって
のどに詰まらせ目ン玉白黒
羽毛のパンツも脱ぎ捨てて
スズメの目は見た耳を見た
あやめをいけた六月の
ぼんやり雨に化けて出る
母さま草葉の陰だもの
果物そなえて花そえて


真顔で誤魔化す気取り屋のヤドカリは
酢漬けのキャベツでネズミを誘う

黒蜜がからみついた朝の鬼門から
蟹みそ暮らしに見る母の口伝まで

転げまわるなまくらな木霊の裾に
アゲハ蝶のもつれた流浪その愛が羅列された

後ろ手で見積もる八百屋のキャサリンは
毛の生えたナマコのひもじさを紐で縛る

蹴られる小声の解体新書を腹に括って
議事堂占拠 幕の内から鬼は外 

部族ひとつが滅びた朝に苦い金平糖が降った
黄色い螺旋どこまでも影もなく





夢診断

夢の中でわたしは棒術の達人でした
十度も他流試合をやって負けたことがありません
棒をただ激しく激しくふりまわす
それがわたしの生き甲斐でした
ですが妻にはかないません
妻は一度に百人の男たちを虜にします
わたしから棒を取り上げると床に突き立てポールにして
肢体をからめてセクシーに踊ります
ところが娘はもっとすごくて
世界中でもう千回も公演していました
わたしからもぎ取った棒を横に倒してバーにすると
音楽にノって仰け反って地面スレスレくぐり抜けるのです
しかしなにより偉大なのは母でした
一度に万人が拍手喝采を送ります
わたしの棒を奪い取るや否やそれを持って助走を始め
棒で地面を突いて飛び上るのです
棒は激しくしなり体を押し上げて
母は高い高いバーを飛び越えたのです
五輪の旗の棚引くポールの下で

――先生 この夢にどんな意味があるのでしょう?


またわたしは棒術の達人になった夢を見ました
棒を振り回してカンフー映画のように奇声を上げていると
いつのまにか小学生の一団の中にいて
わたしは子どもたちと野球をやっていました
棒は短くなって野球のバットに変わっています
わたしは棒の長さに物足りなさを感じながらも
おもいっきりスイングするのですが全く打てません
空振りするたび子どもたちのブーイングが大きくなり
だんだん悲しくなって来て
すっかりバットがしおれてしまいました
すると場面が変わり
今度は運動会のリレーに出ています
棒はさらに短くなってバドンに変わっていて
次の走者の女児に渡そうするのですが
いつまでたっても追いつけないのです
いっこうに距離が縮まらないまま何周も何周も
グランドを走り続け わたしは恥ずかしくなり
怒りがこみあげて女児にむかって怒鳴りました
するとまた場面が変わり
わたしは誰もいない教室で椅子に座っていました
わたしの手にはマッチ箱が握られていて
中には一本だけマッチが残っています
ついに棒はマッチ棒まで縮んでしまったのです!
わたしは無性にマッチを擦りたくなったのですが
教室内でのマッチの使用は禁じられていて
誰かに見咎められることを恐れて躊躇していました
すると突然ドアが開いて
女の先生と子どもたちがなだれ込んで来て
わたしは反射的にマッチ擦ってしまったのです
シュッ とした音と光 そのまま暗転し
目が覚めると夢精していました

――先生 この夢の意味っていったい





抜け殻百選

また棘のある枝をつかんだのか
瞳を内から叩いていた
金の油は裾を乱すこともなく
きみの小指にしがみついた
カマキリのあまがみ
あの放心こそ汚染の源流
大地のクレジット・カードから
引き落とされる命に善も悪もなく
太陽はスカートをなびかせて
ネジ釘ダンスで仔犬を孕ませる
燃える洛陽の絵画から
鎌首をもたげた高反発の疑問符に
みなあたってしまったか
かつて握りしめたサイコロの目など
ふきのとうの出るころには死んでいた
くちびるで触覚をぬぐう仕草
きみもまた程よく人殺しだ
つぶしたすももの数ほども

蝶は八つ裂きにされて
銀河のように混ぜ返される
床の間に飾られた
絶対の対立軸
その向こう深く
遠近法の消失点
穿たれた一点の無
美の根源に座標ない
あるのは影法師で実態はなく
ことばほど語らないものも他にない

水に跳ねる光にも似た
乳飲み子の笑い
墨で描いた影をくぐって
すれ違う風にあやされて

ことばが秘密を占った
甘いめまいを薬缶で煮だし
あるかないかの伸びしろを
パンにはさんで黙らせて
雪崩れていった
簡略化された価値観に窓はなく
ただブタナが揺れていた
未来の歴史家のモブとなり
同色に塗りつぶされるもの





君たちはわたしから何を剥ぎとり何を与えてくれるのか

血は雨でうすめられるか
慰めはひび割れた土の器
生者たちのため
死者は静物となり
なにも受け取らない

庭先で雨に濡れ
明日は潰されて肉になる
鶏の瞳の奥底に
宇宙望遠鏡から送られた
原初の銀河があった

ゲージの中で飼育され
病気の個体が見つかれば
まとめて殺処分される
覗き込まれることのない
瞳の数と同じだけ
あの光と闇の繭玉が

鎮魂歌が聞えるか
生者の泥の舌から
わき立つ蚊柱のような
死者は静物となり
なにも歌わない
失われた耳はなにも聞かない

あの献花が見えるか
生者のわななく心ふるえる手が
なにを剥ぎとりなにを与えるか
死者は静物となり
国家や思想からも解かれている

死者は花器にはむかない
点と線 母音子音も失われ
泥のような闇となり
眠る乳飲み子のいのちの火照りを
つめたくつつむものとなる


               《2022年7月17日》








自由詩 遊泳禁止 Copyright ただのみきや 2022-07-17 22:33:55
notebook Home