純粋遊戯
ただのみきや

手持ち無沙汰に膝にのせ
撫でたのは 猫でなく
ことば以前のなにか
死者からの便りのように
ふとカーテンをはらませて
沸騰する
静けさに
肌をそばだてながら
缶ビールの残りを一気に飲み干すと
壁の中の流れをさかのぼる
迷いの先端は鋭利で冷たい
螢より澄んだ朝の涙形
蝶々の知恵の輪も
耳孔ふかく降りて行くりんのような光も
すべてが波形を失う中
彫像は燃えていた 刻一刻
影に似たその舞踏で

記念日に買ったバラのよう
すべてを明かすこともなく
自らの中へ没するもの

囁きの抜け殻が大気に充満し
不可視を触診する
眼差しは
陰陽図のように己を喰らい
記憶は感光する
捉えられないものに捉えられ
遠いさざめきへ飛ばされる
だがその慣性は追いつくことのない叫び
夕陽のよう裂けに裂け
嘔吐する
なにかが喘ぐ
起伏のないスロープの上
躓くべきものに渇き餓えて

めくるめく夏の抱擁に
ふところの闇を嗅いだのだ
揚羽蝶が横っ面をかすめ飛び
紫陽花の輪郭は白くとける
だがこの身のどこを探っても
忘我の残り香すらすでになく
ただ干乾びた言葉として
自らを供物とするほかなく
光に炙られ
影に喰われて

階層は境界を失くし階段だけが無数にサクソウする
病院にもガッコウにも役場にも見える建物の中
その姿を見るとシぬと言われている
なにかの教祖がおトモを引き連れてねり歩く
人々はそれを見に集まりながら大半はキョウフのあまり一斉に
暗く狭い廊下をシニモノグルイで走り出し
ニゲキレナイと悟った者たちは目を固く閉じ 俯いて
一心不乱に教祖を讃えながらハタを振るしかなかった
普段シぬことなど少しも恐れていない連中まで
みな脱兎のごとく互いをかき分けてヒッシに走ったが
教祖は巫女たちに囲まれているだけの着飾ったただのババアで
見たからといって誰一人シぬ者などいるわけはなかった
それは認知されていないメイシンのように突如として
ココロの内側からやって来て
普段は使われない感覚器のようなものをシゲキして
冷たい液状のジュンスイキョウフを分泌させていた

運命の巧妙な誘い
それは己の飽くなき推力
自分も知らない欲求のバタ足で
青いまま朽ちてゆく
果実の夢見る世界
彼岸から現れる
稀人を待って汀に立って
人はみな引き裂かれた半陰陽
喪失の空白を外界に投影し
性の衝動を頼りに愛を摸索して
やがて通念的美装を施した
諦念の石棺に己を閉じ込める
そう青いまま朽ちてゆく
老いた肉体に魂の爛熟
いつまでも青いまま
夢そのものを夢見ている
その夢こそ真だと
詩人たちすらもう言わないとしても



               《2022年7月10日》








自由詩 純粋遊戯 Copyright ただのみきや 2022-07-10 15:49:17
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