ススキノの思い出
板谷みきょう
ギターケースを片手に
いっぱしのフォークシンガー然として
ススキノの夜を闊歩していたのは
怖いもの知らずだったからだ
流行に乗らないことが
格好良いと考えてたし
蔓むことも潔しと
思わなかったから
我武者羅で貪欲に歌える店を
転々としていた
そんな時に出会った若者から
「みきょうさん。
ボクも歌って食えるように
頑張ってるんですが、今は
ススキノで拉麺屋やってるんです。
是非
今度、食べに来てください。」
ある夜
ライブハウスで歌った帰り
「なんか食べに行こうぜ。」
テンションアゲアゲのライブ終了後に
幾許かの日銭で温かくなった懐で
誰かが言い出した
「ボクの知ってる歌い手が
拉麺屋をやってるって言ってたから
みんなで其処に食べに行こうか。」
そうして六人で連れ立って
店の名前を確認しながら
先頭切ってボクは歩いた
「あっ。此処だ、此処だ。」
ススキノの件の拉麵屋に入ろうと
暖簾を潜ると、そこで見たのは
テーブルの上一杯に
びっしりと並べたプラスチックのタレ瓶に
溢さぬように醤油を
注ぎ足している彼の姿だった
必死で醤油を注いでいる彼を
勝手に拉麺屋の店主だと勘違いしたボクは
「食べに来たよ。」と声を掛けると
顔を上げて嬉しそうな顔で
迎え入れてくれた
みんな其々に札幌ラーメンを注文し
各々の空腹を満たしていた
勿論
その時の支払いは
ボクが払う羽目に
なったけれども