私はあなたの静脈です
竜門勇気


八月になった道の上を
大きなネズミが歩いている
時々空を見上げて居眠りをしてる
気になってみてると
ネズミは汗を拭ってこちらを振り向いた
鼻を小刻みに震わせて僕に言った
”私はあなたの静脈です。”
ぼくは静脈と出会った

ブランコを揺らしながら
公園のなかの芝生を眺めた
「普段は何してる?」
”スロット。でなきゃ寝てる。”
「やっと会えたね」
”それ、私に言ってる?”
ジョークだよ
「ちょっと歩く?」
”もう、静脈は歩かない。”
ネズミはいつも気難しい

生ぬるい噴水の水が
十三時を記念して吹き出した
風が淀んで、動いた
小さな粒が日陰を目指して揺れた
「あの中に放り込まれたら、気持ちいいと思う?」
白い水煙の中心を指差して笑顔を作った
”まだ心があるうちにそうすべきだと思う”
どうして?口に出す前にネズミは喋った
”わからないから”
アブクを立てて水路の上でゴミクズが流れる
意味のない会話がふさわしくて、
何もわからない噴水の死骸を自分の静脈と見てる

帰ったほうがいい
なんにせよ熱くて死にそうだ
”帰れる?”
「帰れない。どうやってここに来たかも思い出せない。」
「まるでさっき生まれたみたいに心細いよ。」
”泣くの?”
「少しだけ。」

十六時を記念して噴水が吹き出した
斜めに切り分けられた太陽がどこかにあって
それがそのへんに浮かんでるはずだ
「僕はあそこから来たのかもしれない。」
”そんなわけない”
「僕はあそこにしか帰れないのかもしれない。」
”そんなことない”
「僕は大切なものを全部誰かに渡しちまった。」
”それはよかった”
ネズミは歩き出した
”私はあなたの静脈です”



自由詩 私はあなたの静脈です Copyright 竜門勇気 2022-06-30 23:36:34
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