音時計
プテラノドン

 まるで音符が吸い込まれるように―。事実、その場末の酒場で
 指を走らすピアニストの鍵盤からは、音符が飛び出して
 少年が手にしていた小さな壜、砂時計の形をしたそれに閉じ込められる。
 テーブルの側にいた酔っ払い店主がその壜を奪うと、高々と掲げた。
 「時間を聞きたいと思った事はないかい?
 叶えてやるよ!この音時計が!」
 声を張り上げる店主のツバが、少年の顔に飛び散った。「おじさん、汚いよ!」
 にぎやかだった店内が一層どよめき立つ。
 「悪いな。じゃあひとつお前に、皆にこれを聞かせる役目をやらせてやる」
 それから店主は少年に壜を手渡し、―ひっくり返すんだと言った。
 すると少年の手の中、ひっくり返された壜の中から旋律が溢れ出した。
 旋律はゆるやかに、酒場に居た者たちの胸中へと、
 その音符が移しかえられるようだった。
 そして皆は心の、大切な部分で聞いている。
 少年は壜の中で音たてて、さらさら流れる音符の一つ一つをじっと見つめていた。
 その小さな肩に手をかける人がいた。ピアニストだった。
 彼は微笑みながら、
 「物語を信じなさい」と言った。
 「そこは新しい故郷!」店主がまたツバを飛ばしてまくし立てた。

 少年は顔をこすりながらベットの中で眠っている。それは若木の香りが窓際に漂い、
 五月の風が蛙や木々の声を運びくる夜。夢の中では店主が
 「いずれ音時計は音符が崩れて砂になるんだ」と少年に語る最中だった。
 そして、少年の手の中、ずっと握り締められていた砂時計が
 ベットからことりと落ちる。床の上を転がった瓶の中から、
 旋律がかすかに聞こえた。月が明るく部屋の中を照らしている。
 少年は微笑んでいる。


自由詩  音時計 Copyright プテラノドン 2005-05-03 17:58:48
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