白い蝶
ただのみきや

露にたわんだ蜘蛛の巣を吐息まじりの言葉でゆらす

肺の風琴 あばらの木琴
こころの洞に張られた弦に
触れるようで触れないような
白い蝶がふわふわと

先細る意識の果てに向日葵の燃えさかる丘がある

アリジゴクがウスバカゲロウに変わる時間
その身に刻む名を待ちわびる
四角く切り出された御影石の時間

永久にたゆたう海原に
浮かぶ小舟の懐中時計
見送られるか結ばれるのか
いつか止まれば写真の人と


落胆の背中が割れて羽化をした
鳴けない蝉の蒼白さ
引っ掻いても引っ掻いても
ウイスキー色した残像からは
グラスハープの響きはなく
苦いこだまが返るばかり

だがまだ詩になり切れないその喘ぎは美しく
生と死のはざまにある園のようにおぼろげで
取り返しのつかない喪失を甘く匂わせる


防風林の間の路に車を止めて風を見た
激しい愛撫にも囁きしかもらさず
林はふところに鳥の囀りをしまっている
風が樹をリードすれば
木蔭と木漏れ日も踊り出す
明滅する二次元には音もなく風もなく
その狂乱は点いては消えて跡形もない

リズム 啄木鳥の無心
無欲なほどの貪欲で逆らうほど己に忠実に


黒焦げの感情を培養液につけて
触覚の先で文字をなぞっている
失われた言葉がめかしこんで大股で歩いている
クマのぬいぐるみに仕掛けられた懺悔
まんまと他人の内臓をつかまされる
ヒマラヤが爆発した日の太陽みたいに
光の綿毛がすべての眼孔を埋め尽くす
静かなラッパが人々を数珠繋ぎの唖にする
今はまだ死ぬほどではないきみは生きて
浅い呼吸で世界と交合中だ


車の屋根に雨音が響く
リバーブが深くエフェクトされて
メビウスの輪のよう
境目もなく眠りにすべり落ちる
体内のどこかが宇宙に繫がっている

黒髪の蛇を懐に滑らせて
空気は雨の匂いのする一匹の獣に変わる
美しすぎる幻は毒でしかない


継目のない時間をしきりに区切ろうとした
狩り蜂のふるえる触覚
言葉の痛点
口角だけの微笑みに隠れた広大な空白地帯
液化したこころは低い方へ
叢の囁きをくぐりぬけ
石の乳房にたどり着く
舌の上に立てられたやわらかな墓
巧妙にずらしながらも
軋む眼差しのニアミスに
恥骨から剥離した白磁の蝶は嵐に群れて
瞑ったままの声を傷だらけにする

 
                  《2022年6月18日》











自由詩 白い蝶 Copyright ただのみきや 2022-06-18 13:56:31
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