鬼女遠景/石と花
ただのみきや

皇女は嵐を飼っていた
嵐は乳房に纏わっていた

どこからか瑠璃色のヤンマが静かに
目交いにとどまっている

まやかしのような口元が匂う

大路を抜けて山へと折れる道
狂わす水がいざない後退りする

爪先にまじないの朱
土器のような獣の欠片に当たるまで

乳をふくませて
皇女は正気の結びをほどく

千年を超える天井の暗闇から
ばらばらと降って板の間を鳴らすもの

飢え渦巻き己を絞る
赤子を咥えて母音を洩らす


水槽に色が溶け出して
金魚は透きとおる
すべての視線がすり抜けるのは
はね返す時の痛みとは違う
剃刀で切られるはっきりとした
感触だけがあって痛みはない


羞恥心を鞭で打て
自尊心を縛り上げろ
溶けたガラスの胃袋の
引き潮に磔にされた
死んだばかりの肉体に
いまだ這い回る
距離0の言葉を釘で打て


胸に真っ赤な海が広がって
波頭が熱い
おぼれる瞳を介さずに
おのずとのけぞる
琥珀の影に鍵はなく
和紙のように破る
花の息 水の音


きみは鉱脈を求めて掘り進み
ついに地獄を掘り当てた
伝説も文学も伝えてはいない
真の苦しみはきみのもの
辞退できればいいけれど
それはただきみのために
歴史の前から用意されたもの
絵図もないダンテも知らない
きみ用のきみだけの地獄


時を超えた流れ弾に当たる男


見ることで得て
書くことで所有する
写すことではなく
ただ書くことで

緑に濁るホトトギス
まばたきは時間を啄み
顔をそこなう光の絵筆


土埃が舞う
頭の中に風が吹く
微睡みをかき分けて
千切れた蝶を追いかける

静けさの沸点
もの想う石に浸透する
言葉の影に佇むものよ
死者を縫い付ける針と糸


事物を己へ引き寄せて
事物に己を引き出されて

空想は現実に由来し
現実は空想に影響される

作品はイメージの上塗りを続け
認識は体臭のように気づかない

また事物を己へ引き寄せる
事物に己を引き出される

たわわに顕わに自分をさらし
そこはかとなく他人の匂い


血のように花びらが散った
石の上
幼子の指先が呼び起こす
眠れる声
石の声は沈黙ではなく
限りなく静止に近い
万象をゆらめかせて移り変わる
あの声は
石のこころの久遠を駆ける
散ったばかりの花びらが
宇宙を流れてゆく



                《2022年6月11日》









自由詩 鬼女遠景/石と花 Copyright ただのみきや 2022-06-11 12:13:38
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