文化会館の用具箱の隅に残されていたいくつかの書き置き
ホロウ・シカエルボク

それが
正しいか間違いかなど
たいした
問題ではなく

ただ
あなたが
ひとつでも先に進んだときの心を

夏が人々を焼き払ってゆく
わたしはグレーの作業服を着て
かれらの骨を拾っては脇へどける
サイレンの意味するところはわからない
わたしにはどこにも行く気がないから

滅法生えた雑草の向こう、どこかしら不安定な
不自然な空き地のなかに
むかし暮らした家を見つけた気がしたのは陽炎のせいだったのか
カラスが野良犬の死骸を戯れに啄んでいる

色褪せた手紙に書かれていたのは
もう死んだ知り合いの名前ばかりだった
そのひとつひとつを細かく思い出そうとしてみたけれど
爪についた傷のようなものにしかならなかった
蝸牛がまるで覗き部屋の客のように窓に群がって
子供のころに見た夢を思い出す
たくさんたくさん、窓辺で虫が死に絶える夢
いつかの元旦の夢だったような気がする

骸を着ているのだ、本当は誰だって
ままならぬことばかりだと憤るために
ポケットの小銭で手に入れた飲料水は
明日の命になることすら出来はしない
風のなかに遺書をしたためよう、いつかはきっと必要になるものだから
気まぐれに意中の誰かに
届くことだってあると聞いたよ

草を探した飛蝗は彷徨いの果てに
軽トラックのタイヤの藻屑と消えました
わずかな虫が取り囲んでいたのは
葬式のようなものだったのかもしれません
本当には読まれていない絵本のこと
わたしの胸中を駆け巡る忌々しい蕁麻疹のこと
ぱっぱっとマグネシウムのような明滅は
影が記憶している太陽のかたちに違いない
妙に強張った靴を履いて
およそ誰にも出会うことのない通りを歩いた
魑魅魍魎はわたし自身なのだ
それが証拠に
この両の腕にはたくさんの紋様が刻まれているではないか

朝焼けが鬱血の色になるころに
最後まで聞くことが叶わなかった約束が破裂のような悲鳴をあげる
いつだって一斉射撃のような
雨が身体を貫く幻影を見ている
その輪郭には但し書きが残されていなかった
だからこうして現実のなかで息を吹き返すことが出来たのだ

歌われることのない音符ほど
ひとを惹きつけてやまぬ音楽はないでしょう
がらんどうの合唱がひび割れた講堂で反響を繰り返すときに
見開かれたふたつの目はいくつかの衛星の爆発を見るでしょう
概念上の命の死が血の雨となって
あらゆる路上を舐めるように洗い流して行くでしょう

わたしの記憶には虫食いがありました

カレンダーの禍々しい日付から順番に塗り潰されていって
鳴り止まない電話はヒステリーのように同じ文脈を行ったり来たり
屋上の簡易的なポリカーボナイトの波板が激しい風で脚をばたつかせ
戦争に似ているねと会ったこともない祖父が微笑むのを見た
目印のようなチューインガムのなれの果て、ズタズタのゴム草履が懸命に目指していたどこか
日向のなかで感じたいくつかの目眩は、なくしたものたちの
別れの言葉をかんじていたのかもしれないと
どぶ川で仰向けになった
自転車の上で白鷺が紙芝居のように語る
わたしは飴玉をひとつ舐めながら
ビートルズの歌をハミングする
レボリューションだなんて

見てごらん
これは魂の枷に過ぎないんだ
刃先の欠けた包丁の切れ味など
それを手に取ったものにしかわからないはずじゃないか


自由詩 文化会館の用具箱の隅に残されていたいくつかの書き置き Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-06-02 00:17:03
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