炎天下と青空
末下りょう
─おーい夏夫くん──
青空の炎天下
青空の炎天下
青空の炎天下
夏夫くんのこぶしが水風船みたいにパチンと割れた
ポン をなくしたグーチョキパーは真夏の路上を流れていき
水飛沫を浴びたぼくらはそれぞれの体内の水分にゆらめいていた 青々と
一滴の血もなく
夏夫くんは厳格な真夏のデルタを打ち破り 湯を沸かす
涼しげに 灼熱の路上に溶けながら
─食物──
「 牡蠣とリンゴは神の食物、なるべく手を加えるな 」
食べ物はどれも神の恵み自然の恵みだろうけど、一流の美食家や料理人ならではの鮮やかで巧みな線引きに不思議と唾液がこぼれてきて面白いなと思いながら引き出しから包丁を出した
「 世界で一番格好いい職業は料理人、最も尊い仕事は農業とか漁業 」
そんな感じのことを親に言われて育った記憶がある
ぼくが育てたわけじゃないベランダのプチトマトとミニにんじんを水洗いして夏バテ対策の献立を考える
海のミルクと禁断の果実が暑さで煮え立つ脳に溢れて手抜きメニューがドバドバと押し寄せてくる
手を加えるたびに後戻りできなくなり誤魔化しがきかなくなり、素材を冒涜してしまう
冷蔵庫の冷気で頭を冷やし、半分にカットしてラップしておいたタマネギと皮をむいてフリーザーバッグに入れておいたニンニクを掴み、調味料とオリーブ油、パスタボトルを棚から取って並べ、鍋に水を入れて仕切り直すと、「手抜き」と「手を加えるな」が見分けのつかない速さで空腹と足りない頭を駆け巡り
油まみれのコンロを点火するとガスの臭いに紛れて命が燃える匂いを嗅いだ気がした
真っ白な紙がテーブルの隅でゆれている
─階段の途中で──
力を手に入れることはその力ではどうにもならない者との出会いを生きること
英雄として存在の奇妙さに踏み入ることはできない ━
母の代理で参加した公園の清掃で手際よく割り振られた班に混ざり、モニュメントにこびりついたハトの糞を知らない人たちと一緒にたわしやブラシを使って磨いた
「どうせまたすぐ糞まみれにされますね」と、しゃがんで懸命に掃除する隣の人に話しかけてみると、「トイレ掃除みたいだね」と返事が返ってきて軽く笑いあった
久々に持てる力を出しきったせいか支給されたペットボトルはあっという間に空になり、「お疲れ様でした」と入れ替わり立ち替わりねぎらいあい、年配のベテランさん達にはまだまだ余力がありそうで、感心しながら会釈して一足先にその場を離れた
掃除道具の入った水色のバケツを握力の戻らない手に持ちかえながら降りていく階段の途中でなんとなく振り返り、太陽が輝く休日の公園にそびえ立つ銅像を見上げると、生い立ちの説明を受けてもあまりピンとこなかった「英雄さん」と呼ばれていたチョンマゲ姿の人が、ぼくの住む町をまっすぐ静かに見つめていた