女の一生
atsuchan69

若かったころ、けして美人と言うわけでもなかったが、彼女もまだそれなりに可愛かった。男たちが代わるがわるにやって来ては、クルマに乗せたり、映画を観に連れて行ったり、また酒を飲ませたりと彼女との時間を楽しんだ後、それぞれの別れ方で去っていった。

いつしか子供が出来、男の子だったが父親はいなかった。

毎朝、保育所へ子供を預けて彼女は働いた。会社では上司と深い関係があったため、あまり難しい仕事は与えられなかった。大概は上司と同行したり、社内でも書類運びやコピー取り等が彼女の仕事だった。

やがて上司との関係が終わり、彼女の仕事も大きく変わった。

冬のある日、課の若い男性と関係を持った。

夜遅く、アパートへ帰ると近所の友人の家へ電話をした。友達は、「あ、遅かったのね。もう眠っているわ。大丈夫よ。こんな時間なんで明日迎えに来て」そう言った。

「もう止そう、こんな関係」
「どうして?」
「君が部長の女だったって、知らなかったんだ」
「ちがう、今は違うわ」
「でも部長の影を君はずっと引きずっているじゃないか」

噂が、怪物のようになって職場の至る場所で暴れていた。

女給を始めたのは、それから間もなくだった。場末の小さなスナックが彼女の新しい居場所となった。からだ商売というものを、骨の髄まで身に染みて覚えた。はじめは〇〇ちゃんだったが、いつからかオバちゃんと呼ばれるようになった。

月日は流れ、男の子は社会人になっていた。トラックに乗って毎日遅い時間に帰ってくる。彼女は今、ビルの清掃員だ。アパートから立派なマンションへ移り住んでいたが、そこにはふたりの孫とよく働く嫁がいる。

秋の陽のふりそぐ黄昏時に公園のベンチに並んで座っていると、孫のひとりが「おばあちゃん、家にはどうしておじいちゃんがいないの」と聞いた。「死んじゃったんだよう、ずっと昔に」と、嘘を言ったが、自分の人生があまりにも勝手すぎて孫には本当に申しわけなく思った。そうは言っても女ひとり、けして楽な人生でもなかったが。「おばあちゃん、アイス買ってあげようか?」そう言うと、ふたりの孫は「うん」と声をそろえ頷いた。


自由詩 女の一生 Copyright atsuchan69 2022-05-16 13:55:58
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