鼓笛隊は反旗をひるがえす
ただのみきや
ひとつの声が磔にされた
影が七つ震えていた
見つめるだけで魚の群れを孕み
蒼いシーツをまとって巻貝を奥へと遡るひと
血を流す鍾乳石
鏡自身の顔
その微笑み
宝石箱に喰われた指
そのクスクス笑いの匂い
*
ガラスの木霊が太ももに刺さっていた
あばらには紅い糸が
まつ毛には野焼きの煙が
いつまでも絡まって
記憶は歌い
歌は踊った
夢中になって戯れて
ゆっくりと花のよう
開いてゆく姿態
見えないなにかと抱き合って
*
磨き上げられた無言があった
人々は群れて山になった
裾野が広がっても標高は変わらなかった
折れ曲がった言葉
こわれた水道管
勢いよく立ちのぼり
中空で希薄になる
虹色の笑い声
わたしはわたしの柘榴を啜る
瞳のコイン
コインには月蝕の肖像
*
メタモルフォーゼ
ペンと紙があればいい
戯れというテーゼ
空白を削る
奔放に
隠蔽された
女たち
煙の犬
狩ることも狩られることもなく
時間を交換し合う
鉛の祈り
貝の声
追い詰められて毒を飲んだ
ミズクラゲの
静かな爆発
*
こじんまりと自堕落に
黒砂糖を燃やしていた
旗のように翻る舌
おまえは剃刀の上を渡って来る光
顔中の開かずの間
*
疑問符と感嘆符に変えられた人間の地下茎に
真綿の無邪気さに包まれた罪のふくらみがある
*
忘却の水から逃げるように互いに鋭い欠片を込めて
重ねた手 手の中に隠した心中
*
獅子の口を持った金星が会話の溺死者から時計を盗る
ベッドの中で太陽を齧るおまえは暗黒
*
たどる
草木に触れながら
光の中を
そして光はわたしの中を
このゆらめきはわたしではない
光はわたしを現わさない
全てのものは光と衝突し姿を現わすが
楽器ではない
わたしは声だ
永遠の眼差しが虚空から孵したもの
わたしは感じる者
歌う者 歌は踊り
ああ眼差す者
現わす者
名指す者よ
ゆらめいている
木蔭と木漏れ日
厚みのない世界でのみ手を取り合える
わたしたちは共に
記号の中に現われる
*
ひとつの豊穣が燃え上る
前髪を切りそろえた
姑息なあどけなさ
熟れたプラムを指で潰す
トカゲの尻尾の絶叫
注射器の中で眠っている
空に盗まれたふたつの石
*
瞼の裏のうすむらさき
がらんどうのラジオ
酒に浸した脳からインクが染み出している
言葉に滋養はない
ただ味だけがある
沼の主を呼び寄せる
音だけがある
*
瞳の夜が焼かれて
皮を剥がれた世界
*
いつまでも見えないものに目を凝らし
澄み切った虚空にそばだてよ
見つけることで見失い
失うことで得る
忘却への出棺
こちらからあちらへ
あちらからこちらへ
贈り合い交わし合う鎮魂
折り畳まれた宇宙を耳元に広げて
ハツカネズミより小さな夢をかじる
心臓に重ねたピストルの
銃身がもぞもぞした
朝日を含む
澄んだ涎の銀の糸
*
腰から下が魚のまま肺呼吸を始め
嵐を妊娠しては辺りを巻き込んで行く
おまえは超重力の血まみれ時計
倒れて来た本棚の下でバラバラになって
元に戻るには失ったピースが多すぎた
着心地のよい音楽がわたしを鳥の群れに変えてしまう
そして鳥たちは記号の群れに
見つけた いや消えた いつもよりはやく
《2022年5月15日》