鼓笛隊は反旗をひるがえす
ただのみきや

ひとつの声が磔にされた
影が七つ震えていた
見つめるだけで魚の群れを孕み
蒼いシーツをまとって巻貝を奥へと遡るひと
血を流す鍾乳石
鏡自身の顔 
その微笑み
宝石箱に喰われた指
そのクスクス笑いの匂い


ガラスの木霊が太ももに刺さっていた
あばらには紅い糸が
まつ毛には野焼きの煙が
いつまでも絡まって
記憶は歌い
歌は踊った
夢中になって戯れて
ゆっくりと花のよう
開いてゆく姿態
見えないなにかと抱き合って


磨き上げられた無言があった
人々は群れて山になった
裾野が広がっても標高は変わらなかった
折れ曲がった言葉
こわれた水道管
勢いよく立ちのぼり
中空で希薄になる
虹色の笑い声
わたしはわたしの柘榴を啜る
瞳のコイン
コインには月蝕の肖像


メタモルフォーゼ
ペンと紙があればいい
戯れというテーゼ
空白を削る
奔放に
隠蔽された
女たち
煙の犬
狩ることも狩られることもなく
時間を交換し合う
鉛の祈り
貝の声
追い詰められて毒を飲んだ
ミズクラゲの
静かな爆発


こじんまりと自堕落に
黒砂糖を燃やしていた
旗のように翻る舌
おまえは剃刀の上を渡って来る光
顔中の開かずの間


疑問符と感嘆符に変えられた人間の地下茎に
真綿の無邪気さに包まれた罪のふくらみがある


忘却の水から逃げるように互いに鋭い欠片を込めて
重ねた手 手の中に隠した心中


獅子の口を持った金星が会話の溺死者から時計を盗る
ベッドの中で太陽を齧るおまえは暗黒


たどる
草木に触れながら
光の中を
そして光はわたしの中を

このゆらめきはわたしではない
光はわたしを現わさない
全てのものは光と衝突し姿を現わすが

楽器ではない
わたしは声だ
永遠の眼差しが虚空から孵したもの
わたしは感じる者 
歌う者 歌は踊り

ああ眼差す者 
現わす者 
名指す者よ

ゆらめいている
木蔭と木漏れ日
厚みのない世界でのみ手を取り合える
わたしたちは共に
記号の中に現われる


ひとつの豊穣が燃え上る
前髪を切りそろえた
姑息なあどけなさ
熟れたプラムを指で潰す
トカゲの尻尾の絶叫
注射器の中で眠っている
空に盗まれたふたつの石


瞼の裏のうすむらさき
がらんどうのラジオ
酒に浸した脳からインクが染み出している
言葉に滋養はない
ただ味だけがある
沼の主を呼び寄せる
音だけがある


瞳の夜が焼かれて
皮を剥がれた世界


いつまでも見えないものに目を凝らし
澄み切った虚空にそばだてよ
見つけることで見失い
失うことで得る
忘却への出棺
こちらからあちらへ
あちらからこちらへ
贈り合い交わし合う鎮魂
折り畳まれた宇宙を耳元に広げて
ハツカネズミより小さな夢をかじる
心臓に重ねたピストルの
銃身がもぞもぞした
朝日を含む
澄んだ涎の銀の糸


腰から下が魚のまま肺呼吸を始め
嵐を妊娠しては辺りを巻き込んで行く
おまえは超重力の血まみれ時計
倒れて来た本棚の下でバラバラになって
元に戻るには失ったピースが多すぎた
着心地のよい音楽がわたしを鳥の群れに変えてしまう
そして鳥たちは記号の群れに

見つけた いや消えた いつもよりはやく



                   《2022年5月15日》








自由詩 鼓笛隊は反旗をひるがえす Copyright ただのみきや 2022-05-15 13:30:44
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