砂金採り
ただのみきや

眩暈と共に溶け出してゆく人生

掌には四月の切れ端
黄金の週は鉛色の空の下
薄紅の花びらが前を横切って行く
時間は夜から型崩れを起こし
意識はカタツムリのよう
低く低く底を這っていた

まだオムツをした幼子が
がに股で砂場を歩く
小さなシャベルが
わたしの脳をかきまわす
悲哀は乾き切り
即身仏のようにどこかに仕舞われたまま
無価値なものほど支配的だ
理屈を燻す線香
香りも煙もただ去って
言葉の灰が残っている

市場へ向かう
犬の前脚に咬み付いた
感情を堕胎する
自分の体液をソースにして
他人の書いたものを食べている
さもゲテモノと顔をしかめながら

眼が闇を穿つ
狭い穴から
女の素肌が見えた
そこには過去の全ての夢に出入りできる
詳細な地図が書かれていた
だがどこを穿っても断片にすぎず
全体像は見えてこない

片言を繰り返す小鳥のように
文字はただの模様に変わる
カーテンの向こうをうかがっていると
五月に後ろから刺された
ふり返ったわたしの顔に書いてあったものを
わたしが読めるわけもなく

液化してゆく女を冷凍庫に閉じ込める
鳥が降る静かな板の間で運命の
表象のような何かを
獅子頭のように踊らせるのはわたしの
皮を被ったわたし
愉快な皮被りは悲劇を好み
銀の耳の咲く死者の野の秘めごと
石を嘔吐する雲の影を生まない樹の
歌われない歌のため
衣裳いしょう狂いが止められない







ああ五月
かつて恥じらいの蕾もふくらんだ五月よ





哭いて笑って

傷口が笑った
空き缶が潰れるように
一個のレモンが投下され
太陽と海は溶け混じる
言葉から遺棄された
死体で賑わう朝
突き刺さるかもめの歌





絵と言葉

咲いたばかりの桜を追いたてて
大きくて太い風が寄せて来た
晴れてはいてもどこか暗い光
色は濃いが夢のような質感で
芝草が震えている

視力の衰えからか
見定めようとすればするほど
景色は曖昧になる
モネの絵を想う
睡蓮の多くは風が凪いだ一瞬のようで
日傘の女は風が吹いた一瞬のようだ

生老死の一瞬の凝縮に
言葉はてんで追いつけない
後からしたり顔
事物そのものみたいに振舞うだけ





時間だけが

どこをほっつき歩いていたか
時間だけが過ぎている
アルバム一枚分の音楽が終わり
沈黙がミシミシ言っている
また別のアルバムをかけて
サイコロ握るように言葉を握り
こぼれる砂で模様を描く
光の底
群れ泳ぐ風の
段差のない濃淡
どこをほっつき歩いているのか
時間だけが過ぎてゆく





風香る

風香る五月
血と硝煙を嗅ぐ
ここにあってここにはない
近くて遠い国
かつて注ぎ出す血には価値があった
神をなだめるため
豊穣をもたらすため
天地の和解と安定のため
いまはただばらまかれる
無価値で無意味なもののように
血は寡黙だ
インクのようにおしゃべりしない
その赤々とした命の流出は
夜のようになって
夢のように消えてゆく
残された者の心にだけ
黒くこびりついて二度と落ちない
乾くことのない影
風香る五月
血と硝煙を嗅ぐ





雲雀鳴く

そろそろかと思いつつ
今ひばりの声を聞いた
あれは光の眩暈
たんぽぽの連鎖爆発
年月などすでになく
季節の巡りが例祭だ
清濁流れ込む
聖俗同居の霊肉
概念の甲殻が外れ
溶け出しては流れ込み
万象と入り混じる
「在る」と「無い」は
互いの仮庵となり
空想と現実は創作によって
ひとつらなりの身体となる
芸術は侵食であり
芸能は憑依である
理屈は耕された地表にすぎず
理想は一夜の花嫁衣裳
大地も肉体も制御できない
マグマを宿している
太陽と対峙した歌声は
発火した命
生は挑み
死は翼を得る
故に愉楽
すべての労苦とつり合うほどに
巡る季節の例祭よ
咲くも散るもまあ早いこと早いこと





ラスト・オーダー

聞きたくないもの
シド・ヴィシャスの佐渡おけさ
書きたくないもの
喜怒哀楽の都度せつめい

ほろ酔いよりはどろ酔いで
テネシーワルツより蘇州夜曲で





盲人は仰ぐ

砂金採りの上に落ちて来る
光をいっぱいに含んだ空
悲恋を隠した花嫁のように
青い瞳しか見せないムスリム女のように
言葉の隷属は意匠いしょうを隠してこそ
目隠しの中で迷う蝶
ひとつの恋の死に往く様



                  《2022年5月1日》









自由詩 砂金採り Copyright ただのみきや 2022-05-01 15:26:06
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