銀河の原罪(意訳)
由木名緒美

文芸思潮にて最優秀賞をいただいた詩の意訳になります。


銀河の原罪



引き裂かれた純白は紡いだ秘史
*(引き裂かれた純潔は、私の誰にも言えない歴史)
振り向く斜陽は 嘆きの夜を引き上げる
*(振り向く夕日に悲しみの夜を引き上げる)
むせぶ人の片頬の躓きを藍色に包み抱いて
*(むせび生きる人の片側の過ちを藍色に染めて)


腐臭の眼に沈む夜
*(汚い目をした男に犯された夜)
鈍刀は胎盤を貫き
*(凶器は胎盤を貫き)
血の海は溶岩流となって皮膚を焼いた
*(大量の出血が痛みと共に皮膚を焼いた)
絶叫はお前の獣をあやしたか
*(私の叫びはお前の悪魔の心を満足させたか)
その溜飲は奈落の淵に届いたか
*(その満足は地獄にまで届いたか)
傷みとは殴打する心悸の記憶
*(痛みとは、記憶を思い出す度に波打つ動悸)
自我と彼我とを乖離させる岸への身投げ
*(生き延びるために意識さえも解離させた)
内在を切り刻むことで 他者の依り代へ報復する
*(自分の心を痛めつけることで、事態の報復へと変える)
憧憬は堕ち、娼婦の凛々しさを慕い
*(夢や未来は墜落し、娼婦のようになりたいとさえ願い)
逡巡が太腿を蒼白に染める
*(悩み抜いた心が真っ青になる)




それは憂愁の兎だった 
*(それは憂いの人だった)
無垢な瞳を嗚咽で浸し
*(綺麗な瞳を涙で浸し)
嗚咽に背を折り月を振り仰ぐ
*(背中を折り曲げて泣きながら、月を見上げている)
縁故から断絶された慟哭の
*(あらゆる繋がりからはぐれて)
水底に響く以心のさざなみ 
*(その悲しみに同調してしまい、水面がささめく)
その喚なき声を宥めるために
私はおずおずと浮揚した
*(だから私はなぐさめるために、おずおずと近づいた)


垣間見えたのは雌雄のつかぬ貌
*(その人は男とも女ともつかない顔だった)
途絶えた悲嘆は来訪を拒むように
(近づいた私を警戒するように、その人は悲しむのを止めて)
一瞬に深淵へと飛び込んだ
*(あっという間に深い水の底へと飛び込んだ)
あぶくの渦流に虎視が陰影を蠢かせ
*(あぶくの間からこちらをねめつけるような視線がうごめいて)
顕われたのは醜悪な牙
*(現れたのは醜く歪んだ敵意の顔)
洞の眼窩に憎悪を燃やす怪魚だった
*(洞穴のような目の奥に憎しみを燃やす怪魚だった)
混沌の幽玄を刺し貫くには
*(理解不能な事態を一瞬で判断して防衛するには)
稚魚の乳歯はあまりに浅く
*(私はあまりに幼過ぎ)
相剋の齟齬は永訣の理を歪ませる
*(行き違う思惑は、決別する筈だった道を歪ませる)
濁流は猛り狂い背鰭を飲み込み
*(私の拙い反撃に男は怒り狂って私を襲い)
凌轢されるままに忘却する天地
*(凌辱されるままに空も大地も分からなくなる)
お前が喰らった成層より深い憐憫は
*(お前が引き裂いた深い深い私の憐みは)
幼さに依拠する自恃の蛮勇だったか
*(ただ幼さゆえの、自己満足の勇気だったのか)
その歌声に魅入りさえしなければ
*(その歌声に聞き惚れさえしなければ)
罅ひび割れた網膜も剥がさずに済んだのか
※(お前も醜い悪魔に豹変せずに済んだのか)




なぜあなたは不条理を愛でながら
※(なぜ神は不条理を許して)
沈黙の靄に眼差しだけを残すのか
※(沈黙しつつも見つめているだけなのか)
慈悲の化身であるというのなら
※(あなたが慈悲そのものであるならば)
その墓標をも示さぬ不在の形象を
※(その墓さえない、あやふやな存在に)
吐唾と礫つぶてに引摺り倒してよいか
※(唾を吐きかけ引きずり倒していいか)



屠られるのは浸食されゆく傍観であり
※(何気なく考えるだけの思考は壊され)
浮遊は改竄されゆく錯視のより糸
※(考えあぐねては、すべてが誤りのようで)
洞窟は最奥に魂の慄きを反響させ
※(洞窟で震える魂は縮こまり)
呪詛は躰に纏う救済の藁となる
※(呪いだけが救いになるかのようだ)


地獄こそを示唆するのならば
※(この人生が地獄そのものであるならば)
永劫の罪業へと梯子を下ろせ
※(あいつを殺しててやる)



虚無にまどろむ座礁の浅瀬に
※(もうろうとした意識の中に)
一房の花弁が舞い落ちる
※(ひとひらの花が舞い落ちる)
花柱はみるみる雄々しく聳え
※(花柱はみるみる力強くそびえ)
風にひるがえる岸辺の塔となり
※(風に翻る岸辺の塔となり)
たおやかさに威厳を秘匿して
※(たおやかさに威厳を秘めて)
それは少女の声音で謳い上げた
※(それは少女の声音で歌い上げた)

「なぜ私は胎から出て死ななかったか
胎から出た時に息絶えなかったか
なぜ膝があって私を受けたのか 
なぜ乳房があり私はそれを吸ったのか」*(ヨブ記)


業火の産み落とした胤たね
※(業火の産み落とした種)
無為が抱き寄せた蜃気楼
※(諦めが抱き寄せた蜃気楼)
やがて彼方から追随する雲海は
※(やがて彼方から迫り来る雲海は)
見果てぬ曙光を弁証する雷響となり
※(見果てぬ太陽の光を証明する雷響となり、私を被害から立ち直らせる)
啼泣の雨は岩盤の瘡蓋を潤ほとばかす
※(むせび泣く雨は岩のようになった心のかさぶたを潤す)
時は螺旋の周遊の深遠を遡り
※(時は巡りゆく運命の深みをさかのぼり)
海嘯が帰途の季節を告げる
※(波の音が帰っておいでとささやく)
光芒に怯える月影の遁走を仰ぎながら
※(自らの光に脅え逃げ帰る月のような、哀れな加害者を思いながら)



悪が光を喰らうのならば
※(悪が光を食らうのならば)
光の子は業を産み続けるか
※(それを食べた光は悪を産み続ける連鎖を繰り返すのか)
受難をかしぐ舟に揺らげばいい
※(災難を漕ぐ船に揺らげばいい)
漂流の果てに着岸する佳境に
※(思い悩んだの果てに着岸する真の目的地に)
無謬の花房を見晴らすのだから
※(絶対の真実を見晴らすのだから)
犠牲の鎖に繋がれることで
※(被害の記憶を噛み締め続けることで)
喜びの賛歌は喝采に言祝ぐか
※(喜びや幸せはもたらされるだろうか)
怨嗟を酌み交わすために
※(怨念に怨念を重ねる為に)
憐情は惨劇を抱き寄せるのか
※(自己憐憫は被害の記憶を抱き寄せるのか)


打つ者と打たれる者
※(加害者と被害者)
光と陰は天秤となり揺れ動く
※(光と影は天秤のように揺れ動く)
この目に焼き留めるのだ
※(この目に焼き付けるのだ)
踏みしめられるために結晶を結ぶ
※(罪悪感に苦しむ為に改悛する)
黎明の懺悔に立ち上がる霜柱を
※(明け方の懺悔に立ち上がる加害者を)


悲しみを知る者だけが辿り着く
※(悲しみを知る者だけが辿り着く)
無碑の桃源郷があるのならば
※(無名の桃源郷があるのならば)
輪廻に見出す両輪の求心性は
※(輪廻に見出す私達の出会いは)
共謀の終章として彗星に刻印される
※(すべては「共謀」という命名によって流星に刻まれる)


お前が跨いだ灼熱の業火は
※(お前が経験した人生における地獄の苦しみは)
飛び火させなければ贖え得ない
※(誰かを傷付け、罪を犯さなけれは気が済まなかった)
ならばその系譜を紐解くがいい
※(ならばその出自を自覚するがいい)
泉に影を現わせてくれたなら
※(またあの場所に現れてくれたなら)
必ずや繋ぎとめてみせよう
※(人格交代をさせずに繋いでみせよう)
哀れな幻獣が切望したものは
※(哀れな多重人格者が切望したものは)
肯定の僅かな安息ではなかったか
※(存在を僅かにでも認めて貰うことではなかったか)
お前が擦り抜けた罪業を
※(お前が裁かれなかった罪の烙印を)
身代りにしてこの胸に烙(お)せ
※(身代わりにして私の胸に押せ)
憤怒と嗚咽を継ぎ代えながら
※(激しい怒りと悲しみを交互に抱きながら)
手放すべき桎梏の花を摘み
※(手放すべき身動きの取れない思いに囚われても)

万物にさやぐ万華鏡の宙の元
※(あらゆる存在を反射させる万華鏡の宇宙の下)
優月に還すべき玉兔の落涙は
※(満月に帰すべき月のうさぎのような、お前の落涙は)
あらゆる汚辱さえ淘汰する美しさで
※(あらゆる被害さえ打ち消す美しさで)
銀河に磔られた原罪の起源を揺り起こしていく
※(銀河にはりつけられた、人間の原罪に対しての思いを深く揺り起こしていく)





散文(批評随筆小説等) 銀河の原罪(意訳) Copyright 由木名緒美 2022-04-16 14:23:37
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