媚薬エクスプレス
壮佑

ㅤ緑青色に腐食した月面の、クレーターの影に突き刺した太鼓ばち指を引き抜くと、穴から狒狒の呪術師達が踊り出て来た。俺は奴らの力を利用して、光速で飛ぶ闇夜と皮膚の間の一瞬の空隙に飛び移らねばならない。虚空に聳え立つ山の頂で焚かれた狼煙火が、ディストーションの効いた重低音を響かせて燃えている。野卑た歌声とバカッぽい踊り、星を銛で突いて食う奴らの心拍はトチ狂ってREDを示したままだ。ウザウザと気流は蠢き帯電した下半身が捻転を繰り返す。その勢いを駆って俺は媚薬急行に飛び乗った。

 紅い悪夢の湿原に罠を仕掛けろ。マダラ蜥蜴の妊婦達を捕獲して分娩姿勢を取らせたら、腐臭を放つ意味の汁を分泌する眠りの皮を剥いで産卵させよう。全世界の貞淑な妻達は歓喜し、ひり出された卵を咥えて山蛭の情夫と出奔するだろう。地脈と交接し密林と接吻し、粉々に砕いた神像の破片を宇宙開闢から炎上している廃墟にばら撒いて、夜光水母の発酵酒を一杯ひっ掛けよう。古代都市の街路に並ぶ夾竹桃から血が滴り落ちて来たら、俺は脳幹を突き抜けて跳躍し、ブリザードの吹き荒れる極地に降り立つのだ。

 歓喜の海へ漕ぎ出したか? 帆を全て張り終えたら、サン・ラーの儀式を甲板で執り行い、きわどい腰布を纏った醜女達にランダムダンスを踊らせろ。成層圏をサーフィンするベンガル虎に向けて咆哮を繰り返す山脈の獅子。暴発が止まらない惑星マシーンは徐々に蒸発して行く。未踏の奥地を踏破し、蒼いマグマが太古と未来を掻き混ぜて、海流のサーキュレーションを止める頃、俺の内臓は夢魔のAIに接続される。両極に開いた地球の空洞から黒煙と共に巨大な蝮が這い出て来たら、俺は電網脈管系を出て宿命の天球に侵入する。
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 宇宙の開闢のスイッチを入れろ。日蝕の鍵盤と月蝕のシタールとドゴンの太鼓が鳴り響き、銀色の体液をまき散らしてスピンを加速する星雲状錯綜体。鎖を引き千切ったジャバーウォック獣は天球を支える象の屍肉を喰らい、毒に中ってのた打ち回り果ててゆく。フェイクの天球に建立された神殿の碑石に、ご町内の氏神様の託宣を雷光で刻み付け、ザモラの淫神とダゴスの邪神を従えて、俺は物質の闇を軽々と突破してこの星に帰還する。薄明の空にでかい光跡を残して墜落する隕石が、地表に激突してピンクのキノコ曇を巻き上げたら、俺は世界と肉体に唾して永い永い眠りに就くのだ。





自由詩 媚薬エクスプレス Copyright 壮佑 2022-04-13 22:37:07
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