馬鹿さ加減
ホロウ・シカエルボク


ポール・オースターの
痴呆症の老人のひとりごとみたいな小説と
アブサンの辛辣な酔い(ネイキッド・シティーの方のね)
小皿の上には
昨日の残りのカシューナッツがいくつか
小皿のデザインはいささかメルヘンチックで
それは当然
ぼくの好みではないけれど
サイズ感がすごくいいのでずっと使ってる、それだけ
あとは、そう
部屋の鍵と
約束がある時だけつける腕時計(時間を見るだけのことなら絶対にスマートフォンより便利)
それから
まだ封を開けていない彼女からの手紙
いや、とくに
理由なんかなにもないんだけど
どうも読んでも楽しくないもののような気がして
だって
彼女はこんな手紙なんか書くような人じゃないから
一昨日からずっとそのままにしてる
どうしても読んで欲しいものなら
電話で催促なりなんなりしてくるだろうしね

週末にはいつもふらりとやって来て
ワインとピザで眉間に皺を寄せるような映画を楽しんで
あとはずっとベッドで朝まで楽しんだ
先週からそれは行われていないけど
それでぼくはひとりでオスカー・ワイルドなんか読んだりしてさ
それはそれで静かな
趣深い週末だったと言わざるを得ないかな
だからきっと彼女はこんな手紙を寄越したのだろう
ぼくがなかなかそれを読もうとしないことも
きっと予想の範疇に違いないさ
彼女はいつだってそうしてぼくを試すんだ
王の墓場を守るスフインクスみたいにね
ぼくはあえてなにも気づかない振りをして
時々は乗ってみて時々ははぐらかして
どこまでが本当かなんてふたりともわからなかったけれど
それがぼくらにはちょうどよかった
でも、今度ばかりは
ちょっと毛色がちがうやつみたいなんだよな

ポール・オースターを読み終えても
手紙の封を切ることはなかったし
幾度目の週末にも来客は無かった
始めは手持無沙汰な感じもしたけれど
あっという間にぼくはやりかたを思い出した
現実なんて案外こういうものなのかもしれないな、なんて
自分で淹れる珈琲も手早く様になってきたころ
突然、くしゃみをするみたいに
ぼくは
初めてそれを読んだのさ

列車の時刻表と、赤色で囲まれたひとつの時刻
「もしもその気があるなら」と
線の細い走り書き
ぼくはひと目で過ちに気付いた
なんてこった
馬鹿さ加減を罵りながら
茫然自失で珈琲を飲み干して
壁の時計に目をやると
ちょうど
赤く記された時刻の手前だった
ぼくはため息をつき
服を着替えて
部屋の鍵を掴んで外へ出た
手遅れだってことはわかっていたけれど
それでもきちんと忘れた幕を引きたかった
息を切らしながらホームに駆け込むと
なんとそこには旅行支度をした彼女が立っていて
ぼくと目が合うと困ったように笑って
それから飛びついてきた



そしてぼくたちはやりなおすことになったのさ
ここしばらくの
お互いの
馬鹿さ加減を



自由詩 馬鹿さ加減 Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-04-08 21:57:18
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