山人

川原に浮かんでいるのは
ほたる
闇の空気を纏い
黒い重みに浮かぶ
森の深遠のそばで
悲しみの傍らで
現実の重みから脱皮して
ほたる  ほたるよ
粘る闇が重い空気と連結して
夜をもてあそぶ
刹那な記憶がよみがえる
脳天へとしぼり出される激情が
はじけて点となって
光となって
それぞれが飛び交う
私の決断と記憶が
断末魔のように飛び交う
それはひとつの魂のようで
流れる時間(とき)は水のように流れ
その上を蛍が徘徊する
さようなら
さようなら
さようなら

ぽかり ぴかり
 ふわり 

開拓村の梅雨の中休み、夜になると蛍を求めて僕らは表に出た
誰からともなく表に出ると誰からともなく歌いだす
ほ、ほ、ほたる来い、あっちのみーずは苦いぞ
こっちのみーずは甘いぞ、ほ、ほ、ほたる来い
 夏グミが生る小さな堀のところに良く集っていた蛍
その蛍を手の平を丸くしてふんわりと潰さぬように掴んで
そっとネギの中に入れる
ネギの中の蛍は思いついたようにぽかりぽかりと光を放ち、明かりを灯していた
 未だ夏になりきれない夜、なぜか蛍を求めて表に出ると皆がいた
おなじ開拓村の子供達が、それぞれの家から出てきて、蛍を追った
蛍は追われていたのだろうか、いやそうではないと僕は思った
きっと蛍も、僕たちと一緒に外で乱舞したかったのではなかったんだろうか
蛍は僕たちから逃げるでもなく、ぽかりぽかりとただ闇夜に浮かんでいたし
僕たちの手の平の中で眠ったように光っていた気がする
 束の間の晴れた夜の空間、闇は僕たちをやさしく包んでくれていた
嬌声と笑い声が、冷たい水の通る掘割の隅から
夜露の付いた草花の端っこまで染みわたり
僕たちはよく闇と絡まり、くるくると回っていた
 特別それが面白いとか素敵なこととかに思えたわけではなく
僕たちはただ開拓村の縮こまった入れ物から出たかったのかも知れない
闇を自由に操り、飛び回る蛍を見て
僕たちは閉塞された場所からの開放を夢みていたのかもしれない
 ある日僕は、ネギの中に入れた蛍を家に持ち帰り
ちゃぶ台の勉強机の教科書を読んでみようと思った
ぼうっ微かに光り、文字は見えないこともない
でも、こんな光じゃ、勉強なんて出来るはずはない
僕にはそんなことは出来ない、そう思った
 今年は未だ蛍を見ていない
蛍を見に表に出ることもないのだから



自由詩Copyright 山人 2022-03-30 05:30:26
notebook Home 戻る