パンドラがあけた大きい方の玉手箱
ただのみきや

老けてゆく天使

明るい傷口だった
セックスはままごと遊び
片っぽ失くした手袋同士
始めから気にしなかった
一個の果実のような時間
なにも望まなかった
白痴のように受け入れて
虐待され続けた犬のよう
なにかを養いながら
壊すように研ぐように





素晴らしき世界の自殺

ハートの形のサンドバッグ

太陽が笑うと雨粒全てが光を宿す

こころはパントマイム

紐みたいに互いの輪郭をほどいた

泡立つクリームの朝

メトロノームは少しずつ早く

頭の中は散らかったまま

光よりもきみはもう遠い





正義と正義感

仮装は楽しむため
変装は欺くため
変装の自覚のない人は
自分を欺いている?
自分に欺かれている?





名付けられないもの

愛は名付けようのないものに付けられた名
少しもじっとしていられないふるえる小鳥
ためらいも手加減もできない猛禽

得る前は天の果実
失われた後は残酷に抉られた肉の洞
その間にあった現実は真実とは限らない
感情の断片に彩られたモザイク画

いつからか人は愛を創作するようになった
逃げ出さないための小鳥の籠を
宙吊りにされたままの終わらない幸福を
叙事詩として 昔話や歌や小説として
映画にテレビドラマ 漫画やアニメ

人は愛することを作品から学んでいる
愛に関わる諸々全てが
なにかの作品に影響された模倣なのだ

わたしは愛を愛と名付けられる以前に戻したい
こころの混沌にのたうつもの
発見と本能に呼び覚まされて戸惑いもがくもの
比喩から比喩へと転生を続け言葉の身体に宿り
毒を持つと知りながらも惹きつけられる
一匹の蛇の飢え美しいもつれへ





悪の華

警報が出る
そのうち慣れる
いのちが吹っ飛ぶ
それすら慣れる
慣れることを恐れるな
冷静に見分けろ
迅速に行動しろ
くだらん思想の拘りも
無駄な口論もやめて
絵に描いた餅を置くために
重箱の隅をつつくくらいなら
黙って金を出せ
黙って体を動かせ
自分にできることはこれだけと
安全な詩の中で平和を呟くくらいなら
いっそとぐろを巻いてやろう
馬鹿ども肴に酒を飲もう
正義と正義感の違いを嗤いながら
偽ダイヤよりはるかに美しい
悪の華でも愛でようじゃないか





肉体の春

風と光にとけてゆく
なのにここにある肉体
肉体は肉体を求めている
ときどき人であることが嫌になる
風と光にとけてゆく
霞のようなものを抱擁したい
春の女神と呼んでみたい



               《2022年3月27日》









自由詩 パンドラがあけた大きい方の玉手箱 Copyright ただのみきや 2022-03-27 12:10:02
notebook Home 戻る