美化推進委員会
ただのみきや

孤独という架空の質感

脳の北半球を俯瞰して人魚を数えた
四を三つに切って酒瓶を左に折れる
鴎と散った手紙の風が結わえ損なったもの
互いの時間の屈折率
きみの脚が鎌首をもたげている

さわるように知り
拗ねるように急かす
濃い罌粟けしを飾った黒髪に
瞳で触れて秘密を孕む
地平の果ての白濁
諦念は鳥のように

罪は雑事に明け暮れて
美は呼吸を乱す
静寂から拾い上げた薄紅の貝
沈黙は爆ぜ
色彩は嘔吐する

薔薇の蕾のように
渦巻く銀河のように
時間の帯を解いて
ゆらめく仮象に彩られた
存在の
散漫なつかみどころのない
あなたの密度に溺れ
重なり合う影のよう
段差もなく歪みもなく
互いを身ごもって
混濁に明け暮れて

淀みなく弓を引く
暗い朝に自らひらく
海沿いに幾重もの
風の羽衣はためいて
花房の真中
円く結ばれる
わたしはとける光

雪が出来事を覆う前に
水面の輪郭をなぞろうとした
忘れるより早く
世界の果ての壁を触ろうとした
小さな光のテントの中に
主観的事実だけがあった
孤独の肌はとてもなめらかだ





盲目


鏡は恋をした
いつも金魚のようにひらひら近づいて
自分を覗き込む女に
時にはキスされるかと思うくらい顔を寄せて来る
しかし女は行ってしまう
いつも来る時と同じく唐突に
いつの頃からか男が現れるようになった
時折あの女と抱き合い唇を重ねている
鏡はただ見続けることしかできなかった
やがて鏡の目はだんだんと曇り
しまいになにも見えなくなった
するとより一層
目の前の光景に総身がそばだって
その冷たい双子の片割れを宿すのだ
波紋ひとつ立てられず
ありのまま そのままに



人形

その人形には沢山の姉妹たちがいた
みな同じ顔で美しく仕上げられていて
特にその目は艶やかで瞳や睫毛まで
細かく描き込まれていた
傍からは見分けがつかなかったが
その子だけが盲目だった
その分肌の感覚が鋭くて
気配どころか近づいて来る人の心
自分を抱っこする持ち主の心の声までが伝わって来て
皮膚の境界すらなく
いつも心が混じり合うように感じていた
持ち主の少女が年齢を重ねて大人になると
姿は変わらないが人形の心もまた共に成熟していった
長い年月が流れて持ち主の女が死んでしまうと
人形に触れるものはもういなかった
放置された人形はいつの頃からか
自分があの少女であって
少女の記憶を自分の記憶だと思い込んでいた
廃屋の中で服はすっかり腐食していたが
その瞳は今も美しく描かれた時と変わらず
光を通さない宝石のように
縁側の夕涼みの遠い記憶を照らす月のように




わたしにとって花はいつだって
微笑む盲目の少女
彼女たちは遠くから来た手紙や
水色の文学で身ごもってしまう



                 《2022年3月6日》








自由詩 美化推進委員会 Copyright ただのみきや 2022-03-06 13:40:40
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