一冊のむかし
室町

空模様に気をとられ
一冊の文庫を置く

──立原道造は
灰が降るように失われてしまった
わたしたちはすでに
持てない

つくられた戦争や
つくられたパンデミックや
つくられた貧困のために
ことばをなくしては
嘆き
ほんとうを語れないと
訝しむ

人前で赤ちゃんに乳をのませることができた母の
時代は
遠ざかり
待つ人たちにドラマを作っていた電話ボックスは
高原の雪に埋もれている

受話器から
吹雪いていた声もまた
途絶えた

いまを語ることは苛酷だ
芝を刈るように
一冊の詩人がそう語っていた





自由詩 一冊のむかし Copyright 室町 2022-03-01 10:24:05
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