未だ、その血飛沫は。
ホロウ・シカエルボク

夜はきちがいの回転数でお前の脳髄を貪る、微弱な電流が起こす目視出来ない程度の燃焼が、すべての回路に障害を設けるのだ、微かな異音、焦げる臭い…原因は特定出来ない、無意識下の疲労、浸食、知らない間に蝕まれている、ほんの少しずつ、砂山を崩さぬように痩せさせるみたいに―早朝、目覚める直前に見た夢だったのか、それとも目覚めてから見た厳格だったのか、到底区別は出来ない、意識の表層で知ることなど本当は何の役にも立たない、真っ白い画面だけが矢継ぎ早に繰り返されるフラッシュバック、言葉はそこを埋め尽くすことは出来ない、生きている限り更新されてしまうものだ、そうして俺たちはまた、真っ新な記憶の前で立ち尽くす、昨日などなかったというように、遮二無二吐き出した言葉などすべて無駄だったというように…言葉の力を信じてしまう連中が理由を駄目にした、言葉は鍵に過ぎない、パスワードを間違えてしまえば、どんなものを開くことも出来ない、意味は在りながら無い、それはほんの少しの認識の方法の違い、目視出来ない誤差を埋めるための闘い―子供のころ、たまたま、なんらかの理由でひとりで佇んでいた黄昏に胸の内に飛来した漠然とした恐れのようなものを、お前は経験によってより確かなニュアンスで受け止めることになるだろう、そう、口もとにお前の血をべっとりと付着させているのは、そんな風景の中に隠れていたやつらさ、時間軸など感覚の中では意味を持たないものだ、過去も現在も未来も、同じお前自身の触角の蠢きに過ぎないのさ、誰だって現在の中だけで話すことなど出来ない、口にする言葉だって過去の蓄積じゃないか、夜はきちがいの回転数でお前の脳髄を貪る、お前の内耳をずっと震わせているのはそいつさ、そう、物質の悲鳴とでもいうべき奇妙な振動、それがお前に現状を訴え続けている、だけど悲しいかな、お前はそれを知ることはない、もしも知ってしまえば、たちどころに本物のきちがいになってしまうだろう、人間の身体はそんなものを受け止めきれるように作られてはいないからね…だから言葉が生まれた、言葉は生命との闘いだ、聖戦なんてものではない、自分自身が今日を生き残るための、純粋な自己の内戦だ、その肉片を寄せ集めて俺は綴るのだ、ぼんやりと浪費することは容易い、すべてを受け入れてしまえばいい、なんの懸念もなく、違和感も覚えることなく、すべてを受け入れてしまえばいいのだ、そうすれば一生、自分すらとも闘うことなく生きていくことが出来る、それを幸せだと思うのならそうすればいいのだ、俺にはそれをどうこう言うつもりなどない、ただ、俺には内なる声を無視することなど出来ないということ、それだけさ…お前の信じているものを誰が言葉にした、俺が信じているものを言葉に出来るのは俺だけさ、どこででも見つけられる言葉で満足してはいけない、それは自分自身の爪先に太い杭を打ち込んでそれ以上どこにも行けなくさせるだけのことさ、きちがいの回転数を上回る意識の動き、それを模索し続けなければ一気に飲み込まれてしまう、本当の暗闇は自分自身をも見えなくさせてしまう、出口の造られていない迷路だ、俺は最後の壁の前で出口の作り方を模索しているわけさ、足跡なんて残らないんだ、若くして死んだ歌うたいが昔そんなことを言ってた、俺にはその意味がよくわかったよ、あいつも胸の中に怪物を飼っていたのさ―明かりを消した夜の中ではいろいろなものが誤魔化される、だけど目を閉じてしまえば惑わされることはない、お前にはわかるだろうか、俺がなにを話そうとしているのか、俺がなんのために、こんなことを続けているのか…人生とは連続する瞬間に過ぎない、だからこそ時間が必要になった、ひとつの基準が設けられるのは、それを軸にして生きるためではない、そこから離れるための目安として設けられるのだ、あらゆるものを鵜呑みにしていては、瞬間に置いてきぼりを食らうだけさ、ひとつの事柄を証明するためには、百万もの真実が必要になるんだ、すべての噛み合わせが試されて、一番具合のいいものが選ばれる、その繰り返しが人間を本当の場所へ進ませるのさ、自分自身を基準にしてしまえば、もうそこからどんな変化も訪れることはない―生命が語る術を持っていない時代からずっと続いてきた言葉がある、俺はそれを知ろうとしている、そんなものは詩じゃないっていうやつもいる、それならそれでいいのさ、俺にとって大事なことはそんなことじゃない、俺はきちがいの回転数で日常を消化する、あらゆる言葉がばら撒かれて足元が覚束なくなったら、すべてが腐り落ちるのを待ってまた新しいものを吐き散らかすだけさ。



自由詩 未だ、その血飛沫は。 Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-02-27 00:22:51
notebook Home 戻る