気持ちが良かった
竜門勇気


バスに乗る、中に滝がある
気持ちが良かった
気持ちが良かった
さよならをたくさん知った
ぼくは、さよならをたくさん知って、気持ちが良かった

椅子の上、窓を閉めなかった
爪を噛んでいた
爪を噛んでいた
片目で時計を読んでいた
ぼくは、さよならからどれだけ遠くなったかわかって、気持ちが良かった
さよならは、墓標ではない
なにかの途中でもない
始まりでも、終わりでも、炭酸が入った飲み物でも、ない
ないから窓を閉めなかった
腐った屋根をいくつも見た
初めて猫の死体をゆっくり眺めていた、あの日の風景を思い浮かべていた

言葉がある、人がいる
目が思い通りにならなかった
目が思い通りにならなかった
体のひび割れた部分をさわる
本当に気持ちが良かった
言葉があって、それを吐き出す穴がたくさんあって、気持ちが良かった
穴がたくさんあると覗き込みたくなる
お前は出来損ないだよ、お前はまあまあまともだ
穴が何かを吐き出している
意味がないものは、ぼくには、定義できない凪いだ水だ
それは何か、だ
何かであってどこにも触れることなく積み重なる
次に見つけたときには、殺そう。そう思っていつもそのときには忘れてしまう

仕事をしながら、仕事じゃないことを考えて
時々壊れたラジオを蹴る
時々壊れたラジオを蹴る
奇跡なんて起きやしないってことを思い出せて
気持ちが良かった
あのこは夏でも長袖着てる
あのこは夏でも長袖着てる
毎日二時間帰ってこない
トイレから二時間帰ってこない
時々、ぼくと、母親との区別がつかなくなる
ついてくるなと叫んで、黙る
それでもぼくはあのこが好き
時々壊れたラジオを蹴って
泣いてるあのこをもう一度殴る

バス停の周りには誰もいない
気持ちが良かった
気持ちが良かった
心がなかったから、体が気持ちよかった
体がなかったら、心が気持ちよかったかもしれない
庭の松が枯れました……。あの松です。ずっと昔から庭にあったあの松です。
去年のいつからか茶色くしおれたようになっていて、広戸風が吹いて、
松葉が道にずっと向こうまで散らばったので、わたしが掃いて捨てました。
何ものかのメッセージを受け取る
メッセージはメッセージのまま道に散らばった
風のようなものが何もかも吹き散らかしていった
伸び切った前髪が視界で暴れる
しゃがみこんでしまう
心がないから気持ちがない
まだ少しだけあたたかそうな猫の死体を
飽きるまで見ていようとしている
気持ちがなくて本当に良かった
気持ちがなくて本当に嬉しかった
気持ちがなくて本当に申し訳なかった
気持ちがなくて本当に困ってしまった
気持ちがなくて本当に気持ちよかった
中から湧いて出る蛆虫が本当に好きだった
早くこいつを食らいつくしてくれと神に祈った
早くこいつを終わりにしてくれと神に祈った
早く開放してくれと神に祈った
神様は心がないとダメだと言って
何度もぼくを蹴った
顔を殴った
蛍光灯を背にして神様が喋った
ぼくは本当に君が好き
神様は壊れたラジオを蹴った
嬉しそうにしてる
そしてもう一度ぼくを蹴った
それが本当に、本当に、本当に気持ちが良かった



自由詩 気持ちが良かった Copyright 竜門勇気 2022-02-16 12:59:27
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