カオスの中のブレス、そして永遠のグルーブ
ホロウ・シカエルボク


狂気はずっと、咆哮を循環させる、それは海のように満ちていて、激しい雨のようにいらだっている、冷たいフローリングに、架空の血液が滴る音がする、白昼夢の中だけの失血死、蒼褪めた肌は寝不足のせいだけではないはずさ、眼球の裏側にだけ存在する痛み、アスピリンなんかきっとなんの役にも立たない、凝視の記憶がそこで凝固している、時の経過に抗うように、歪に、確実に…切れ切れの散文詩のような午後、頭蓋骨の中で蝙蝠のように跳弾する言葉たち、手際良く、しくじることなく縫い合わせなければ、きっとそこから戻って来ることは出来ない、なす術なく迷宮を彷徨うこととなるだろう、擦り切れた靴が少しずつ落としていく時間の欠片、足音はいつだって砂利を踏みつけている、目を閉じてみると昨日が死体写真のように張り付いている、畏怖よりも高揚が感じられるのは、昔よりもずっと近くで死臭が漂っているせいだろう、怖ろしいことはひとつだけ、もう人生に未練を感じていないかもしれない自分自身の魂だけ、でもそれはきっと、残された時間とは何の関係もないことだ、ばらばらになって、意識の空間の中で再構成されていく肉体、一度分解されたものは、たとえそれが寸分違わず組み上げ直されたとしても、それ以前までと全く同じというわけにはいかない、それはきっと、一度解けた瞬間がタイムラグを生むせいだろう、それを欠陥と呼ぶものも居る、進化と呼ぶものだって居る、欠陥だっていい、進化だっていい、つまりはそれが同じもののようで確実に変化したのだと、感じ取ることが出来るのか出来ないのかというところが重要なのだ、結論などどんなふうに決定づけたところで、その先の道に違いが生じるわけではない、変化を感じること、それ自体が結果であり、進化だ―冬の風は悲鳴のように響く、あらゆる街路、あらゆる路地で悲鳴が反響している、ポリバケツのそばで身をすくめているどぶ鼠にはそいつの正体がはっきりと見える、風が途切れるわずかな隙を待って、あいつは住処へと駆け込むだろう、肉体のうねり、心魂はいつでも、毒を打たれたみたいにのたうち回っている、それがあらゆる壁や地面を叩く音が、内耳のさらに内側で奇妙なほどマットな質感で聞こえる、その音は記憶の奥底、決して認識出来ない階層に埋もれている何かを思い出させる、形になることはなく、明確な日付や時刻を思い起こさせることもなく、けれど確かにいつかどこかでそんなことがあった、そんな切れ端を…聞こえるか?聞こえるか?声なき声、曖昧なかたちの、剥き出しの魂、小さな欠片こそ確かに知らなければならない、そんなものこそを確かに感じなければならない、生命の真実がそこには蠢いている、頭で覚えてはならない、言葉で知ってはならない、感情で、感覚で、そこから働きかけてくるものを確かに知らなければならない、狂気はずっと、咆哮を循環させる、狂気と呼ばれるものの正体は一体なんだ?その、歪で、おぞましい空気を孕んだ、けれどどこかで、脊髄を貫くような衝撃を残す、そのものの正体は?空間だ、固定されたどこかではない、空間の中にこそ知るべきものがある、安易さと気楽さは心を滅ぼす、周りを見回してみろ、録画データのリピート再生のように同じことを繰り返すやつら…心が壊死した後はそいつらの仲間入りをするだけさ、ここに何が描かれているか分かるか?すでにすべては語られた、でも、すべてが表現されたわけじゃない、それがどういう意味か分かるか?それは語り尽くされることがない、それは表現され尽くされることがない、それはいつまで経っても終わることがない、どんなに突き詰めてみてもお終いを感じられない、おそらくは一生を継ぎ込んだとしてもだ、すでにそれが分かっていながら尚更追いかけてしまう、どこにも辿り着かない道なんてゾクゾクするじゃないか、理由も終点も無いからこそ、本当は理由であり終点なのさ、後ろを振り返って足跡を確認する必要なんてない、どうせ時が経てば消えてしまうものだ、思考回路を殴りつけるようにただただ、こうして書きつけていけばいいのさ、通過し続けていれば終わりは来ないんだ、それは、その足がどこまで踏み込むのか、それだけのことなんだ、永遠にループする音楽と同じだ、主旋律はずっと繰り返されても、ほんの少しづつ、周りを彩るトラックは変化していく、確実に通過していれば変化は容易い、うねり続けるイメージ、より近づいていくイメージ、リズムをキープするんだ、そこさえ見失わなければ必ず続けられる、どんな音が混ざり込んだって良い、生きてきた長さと同じだけ、それは身体に刻み込まれている、自身と同じ名前のついたグルーブに溶け込んでしまえ、ヘブンズ・イン・ヒア、あのスカしたイギリス人もいつかそう歌ってたじゃないか?



自由詩 カオスの中のブレス、そして永遠のグルーブ Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-01-31 11:54:36
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