衝突
虚空をただひたすら遠く
時の道を踏み外すところまで
それとも落下
全ての存在の至るところ
深淵の
真中の
針先で穿たれたような一点へ
そんな慣性のみの
生の旅路であったとしても
強い引力に捕まることだってある
奇蹟とか偶然とか確率とか
考えも望みもしなかったのに
衝突は唐突
奇妙なことに
見知らぬ大地にいだかれていた
ひとつの時代を滅ぼして
致命傷の如く
互いを深く抉り合って
彼女は
彼女はわたしの消えない染み
動き回る刺青
朝に燃え上る澄んだ花びら
彼女は太陽が醸した黄金
狂った蜜蜂の群れを肌に纏う柔らかく捻じれた壺
天使を人質にとるもの
彼女の腰は災いと恩恵の天秤のように揺れて
神話の処女性から火の粉を零す
眼差しを池にして記号を深く沈めてしまう
彼女は終わらない数式 証明されない定理
跳ね踊る魚 目隠しをした巡礼を連れ回す
彷徨える女王の墳墓
彼女は虚構の浅瀬にまで寄って来る白和邇
鏡を曲げて瞬間を悠久の面差しへと変える
繰り返される聖なる火照りに蝶番のネジは緩む
彼女は舞踏
わたしの灰に寄り添う煙の巫女
企みある失語者の獣を連れた散歩
彼女は額に咲く美しい短剣 自責の銀の鎖
下着の中で溶けてゆくアイスクリーム
自殺志願者たちが振るサイコロのリズム
彼女は子宮 そして告白
見つけられた裸のキャラメル テキーラ心中
空白を過る色香の影法師
理想論
耳を持つことは祈らない静かな猿の密猟者になることだ
試験管から中指が抜けなくなった男の眼鏡の縁に止まった
蒼白いカミキリムシが空気を巧みに細工して旋盤工の哀歌が分厚い
レンズを濡らすと天然冷蔵庫で逆さ吊りにされた塩漬けの理性から
コンドームを装着した電車が弱々しい無数の手肢を棚引かせ
客車を引いて飛び出して来る死語と隠語の専用車両では白檀の曖昧な
細首が赤い紐で絞められている砂糖漬けのルバーブが添えられて
死姦者たちのラジオからビートルズで折ったヤッコサンが垢こすりで
ことばの巨石を磨いていたが自らの粉塵化に気付かないまま
記憶という記憶の遠景から消失していった 誰もが紫色の病を着て
時計の臓器を量り売りにする貧民のすり鉢状の食卓には鶯の嘯く季節
恥部の在処を記した千切れた地図が花びらのように舞っている
約束を売るセールスマンは野戦病院でカバを踊らせて自称識者の
万華鏡の中のわたしたちのマスゲームを美しい夢を見させてくれる
珊瑚色の蠍として排水口で増殖させることに微笑みを添付した
未会計の教育理念が腹痛を理由に筋道を捏造し妊娠した林檎たちを
一斉に樹から揺すり落とす すると泣いている傍観者たちの輪が
責任のしりとりを始めて賑わい出した屋台はクーデターを紡いだが
結局綿菓子にしかならず金魚一匹救い出せないまま夜の薄皮を一枚
捲っただけで名前を捨て去り死者を装う時代の上澄みの泡沫となった
全身おみくじだらけの女から火だるまの消防車が飛び出して来ると
目的地もないままやかましく人々の休日を走り回っていたが
玉虫色の正論で身を飾ったマッド・サイエンティストかマゾヒストか
見わけもつかない露出狂の預言者が自らを冷たい燐寸として
批判に身を擦り付ける姿には耐え切れず動画のモルヒネで眼耳を洗った
誰だっておもちゃの缶詰を投げつけてやりたかったが
誰もがそれを得ている訳ではないアクアリウムで顔を洗いながら
一編の詩が女の顔を数えてトランプカードたちを回想へまき散らす
だが男の足音から女の心音は徐々に遅れていく太陽が失明するまで
風と戯れるクイーンたちのコーラスが秘密の首をそっと絞めた
価値観というものを食べたことのない子どもたち
すり鉢状の食卓の底へ突き落とす両親たちの分厚い手の皮を
甲虫の一撃のように感じながら自分の中の何かが蝸牛へと
メタモルフォーゼするのを畝の種のように全身で聞いていた
靴下のように裏腹な言葉を履いてスポーツに励むことは
春を鬻ぐことと何も違わなかったし転がっているのは小銭ではなく
自分自身であって死者の擬音と同一のもはや手の触れようもない
恐れの残像でしかなかった黒い漆器の内側は朱に塗られ割られた
生卵には一本の赤い筋が脈を打ち手繰るようでも手繰られていて
追憶の混濁に笑うツグミの声に何度も生き返り砂埃の中
ブラスバンドの行進に孤独を剥ぎとられると一足飛びに老いていて
傾き倒れる景色の下敷きになる子どもたちはもはや子どもではなく
自他に都合のよい何者かであって仮名しか持たなかった
群がる羽虫が織りなす銀河を樹の洞から見上げていた
月は胎児となり群なす記号に蝕される 目を瞑り帆船となって
出奔する風と水のあわいに一人の女が傾きながら金色に溶けてゆく
星の時間だったろうか刹那の消失は 繋ぎ止める言葉の連鎖に
犯されて感情から遠く離れた灯台で解剖されたその残余から
客用の小皿に盛り付けられたものには黒い虹がかかっていたが
虚構の椅子で足を組んだいつかの理想は悪魔の小瓶を取り出して
小さなウミウシを女に変えて見せると言う口の中でヘリが飛んでいた
だけどもう全ては手遅れでロックンロールが聞えるのは貝殻のような
頭骨の欠片に口付けする時だけで歴史は無数のフラッシュ・バックで
彩られた市民演劇に過ぎないとわたしは割腹した断固として
捏造する烙印を押されたペニスを虚空に押し当てる瘠せた象のように
反動の振子に貫かれ少女の潤んだ瞳を企んだ縄文式迫撃砲
荒地で蟹を使役しながら心肺をまさぐる白く伸びた手の蝶々結びに
きみたちの所有物を垣間見る瞬きのような雑念の果て太鼓のように
響かない塔の乱立した林の陰で欹てる蛇が匂いを舐める朝に
《2022年1月30日》