遠藤周作 自動筆記
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正倉院宝庫がその所蔵品をま近に準備してくれた古美術研究旅行中
奈良の夜、作家の訃報を速報され飲みに出た
歴史にも詳しかった彼が奈良の巨刹群にどう想いを抱いたか、作品に伺えないことは却ってひとつの意味をあたえる。のだと思う
その彼のゆらぎやよろめき、あやふやな作品群
「勝呂」
あぁ、また彼なのかと思い
彼をスター・システムにした作家の
深く暗く長い視線の先々は、短編の名手だから不安定な未読なのですまだ読めない。まだまだ既作をつまみめくりしなければと思う。秘められた文字、つづりながらとざしたもじだから
その夜のコニャック
大連の冬はわたしの祖母も歩いたらしき凍結だ。響くバッハのパルティータ。泥炭のにおい。たかい霜柱。秘めて。ひめて。ひめてきたことばを世にひらげることに、わたしはまだ向かいあえずにいる。まだだめだ。まだ、時間がほしいのです。わたしの父親の人生の謎と作家の父親像がちかづき、とおざかる。なみだしつづけてきた母の、わたしに対するしうち。プラスチック製品があふれだす時期にぴたりと遠慮する、影。影、爆撃された都会、山々、いきのこるひかりあるところにしか在りえないこと。こころに生ずる。作家のかわいたこわいろは、彼の湿ったつづりについしていたのだろうか
遠藤が愛した音楽
作家が愛した絵
生前に会いたかった人が
愛した家族の肖像、神さまの影
ウヰスキーは呪縛を課されたとお眼鏡
円熟するほどにひびを深める沈黙だからこころはふりむきして、ことばは黙する。くもったひとみの反転した映像の果てにみえてくるいのり
踏みつぶしいきる訳をみとめず、踏みつぶされたいのちをしることはない。いつまでも
踏みつぶすとき、またわたしも踏みつぶされ
たべられるとき、またわたしもたべるものになる

わたしは老いた
「もう、いいんじゃないか」
そう問える父はすでにない
あれ地に水まきされたから
アスファルトのにおいをながめつづけた
そうして波のまに問いをうかべる
あなたもまた老いたいっぽんの木
ずっと立ちつづける
わたしが生まれる前から
生まれた後にも
そして消えても
星とともにとおざかってある
かたちないいのちとともに
神とともに
時とともに
ひろがりとともに
いち羽の鷺がゆっくりあゆむ
水面にするどくつきさす
いち匹いさる
はじまる
おわり




散文(批評随筆小説等) 遠藤周作 自動筆記 Copyright soft_machine 2022-01-30 00:19:24
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