稜線
山人
待っていたのは太陽光線を浴び始めた雪の結晶だった
億千の結晶の乱反射が
きら きら、きらと
生き物のように動きながら
わたしひとりの岳人のために
おびただしくひかりは踊っていた
駆り立てるものも、期待も
かすかな望みですらも
そこにはなく
あるのは黎明の朝
寒さは鋭く指に食い込み
ゆるりゆるりとカンジキを埋め込む
降り積もった新雪に私の重さを埋め込む
振り返れば歩いた刻印が続いている
かすかな怯えと焦燥や恐怖
猥雑にそれらが入り組み
私の人体を組織する
だから私は行くのです
わたしを踏みしめるために
雪は白くてキレイ
でも本当の美しさを知っているのは
何時間も無益な息を生産し
大量の心拍を重ねたわたし以外になかった
そこにあったのは、あたらしい宇宙
雪原のかぎりないスパンコール
わたしは死亡し新たなる眼球を手に入れる時
生きるというおぞましさからの解放
うまれかわる疾走
瞬間に私の臓器と脳は失われ
紺碧の空へと飛翔をはじめる
神との交わり、神と息を吸い合う
一歩一歩入念に
埋め込んだカンジキの跡を辿る
これは下界への登山
すこしづつすこしづつ
とびちったものたちが私に戻されてゆく
しかし、稜線は私がいなくなっても
まだ輝き続けているだろう