記号を嗅ぐ
ただのみきや

まんざら

空は頬を染め地の温もりを剥ぎ取った
黒々と虚空をかきむしる預言者たち
火を呼び下すこともなく炭化して
瞑る睫毛のように夜を引き寄せる

真昼の夢はいま落日にくべられる
花びらのようなひとつの雪原が
真正の静けさが通り魔の刃物になって
わたしの闇から戻って来る

窓ガラスは瞬く街の灯を凍らせて
目を凝らせば光は毛羽立ち闇を刺した
夜の漆器にいのちが滲み出して
傷痕を裏からなぞる水脈のささやき

時間は方便で記憶は辻褄を合わせ
蝶の憩いのように刹那に固執して
概念の女を抱くように幸福感のない
幸福を膝に乗せる悪くはない拷問





あの日きみは

歌いたかったのか 本当に
本当は本当に歌いたかったとしても
肌色の風船が息苦しく密になったその場所で
横並びに声を揃えて 
目立たないように気をつけながら
きみは本当に歌いたかったのか
ことばを纏わない裸の疑問は
こころにすっと立つ薊のようではなかったか
愛でることも知らず 覆い隠して血を流して






耳の中を手探りで徘徊する
時の裸形の羽音
気がつけば下げ振りを見ていた
広く浅い世界の傾きを
迷信深くことばを括れさせ
猫の仕草で月をまさぐる女
仮面をつけても透けていた
死という素振りひとつで
千切れた紐の鳴らない鈴の輝きが
胸元にころがる冷たい朝に
造花のような沈黙は結露した
すでにないものが
カンバス深く埋まっている
ぎこちなく愛し合った
兎の眼から滲む赤
鍵の開かないまま
くべられる絵具の声





その言葉は

「所詮はそれだけのこと」から
「それだけじゃないさ」という
現実を掬い取る価値基準に不動の尺度なんてなく
少々曖昧でも風通しの良い隙間や逃げ道があって
自分がはみ出しても他人がはみ出しても
「それもありか」と自然体で眺められるような
運動とか思想とかましてや時代の流れなどではなく
他者の言動を見張ることでもなく
それは眼差しの優しさであり
寛容で縛られない心の態度ではなかったのか
それが今や新しい玩具のラッパや刀を手に入れた子どものよう
匿名群衆の言葉狩りは続く
時代正義を現わす新しい旗印
その名を口にしてその旗を振れば
それ以外のものを悪と断じることができるのだ
多様性という美しくも曖昧な絶対と
男とか女とかは時代遅れで性差別的であるという
もはや単なる二元論



                   《2022年1月23日》









自由詩 記号を嗅ぐ Copyright ただのみきや 2022-01-23 14:33:44
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