林檎とミルクの思い出
板谷みきょう

二十歳の頃のこと
十三歳年上の既婚の女性に誘われて
ご主人が夜勤で不在の時にだけ
夜の相手をしたことがあった

連絡は彼女からで
人目に付かないよう
夜中に訪問しては肌を合わせ
体を重ねては情事を繰り返した

朝食のメニューはトーストに牛乳
そして林檎
いつもメニューは変わらず
必ず並んで食べて
夜明け前の
暗いうちに帰路に就いていた

一晩に1ダースを使い切ろうと
目論んだが
残り二つで彼女が
音を上げてしまい
それが今も心残りになっている

情欲の求められるままに
汗だくになって荒い息を吐き続け
熟成した肉体から迸る愛液と
淫水が汗に溶け込む喜悦の姿を
見ることが
その頃のボクの幸せだったのだ

ボクと云えば
強く握り扱く自慰しか知らなかったから
からみつく温かな粘液の蜜壺では
刺激が足りなく
「こんなもんの何処が良いんだ。」と思い
激しく腰を振り続け必死になって
何とか
射精にこぎつける有様だった

遅漏の理由を
口にしたことは無かったが
彼女の睦言には
「何度も昇天させられ素敵だわ。」と
良く口にした

「こんなもんの何処が良いんだ。」
脳裏に浮かんでくる思いを打ち消すように
激しく腰を振り挿入を繰り返し
強く激しく突き上げ
果てては虚脱感に眠り
目覚めては繰り返しを朝まで続けた

ある時
十三歳も年上の既婚の彼女が
まるで十代のように震える小声で
電話を掛けて来た
「生理が来ないんだけど…。」
『遅れてるだけなんじゃないの?』
「妊娠してたら、どうしようと思って…」
『産めば良いんじゃないの?』
「夫は子種が無いから妊娠する訳が無いもの。」
『じゃあ、堕ろせば?』
「うーん。一応伝えたくて。じゃあ。」

数日後に再び連絡が来た
「今日、生理が来たわ。妊娠じゃなかったのよ。」
喜びにうわずった
嬉しそうな声だった
『良かったね。』
ボクは一言そう答えた

それからは誘いの連絡は
来なくなり
林檎とミルクを一緒に食べる事も
無くなった

あの当時の
思いやりの欠片もない
人を人とも思わない魔物は 
今も
心の何処かで息を潜めている


自由詩 林檎とミルクの思い出 Copyright 板谷みきょう 2022-01-21 12:07:38
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