ナイフが胸に深々と突き刺さっていったとき、森は叫ぶこともできなかった。
犀川はぽつりと言った。
「ということは、犯人は僕たち五人の中にはいないということになる」
皆はその真意をしばらく計りかねるかのように眉をしかめた。
「だってそれはあり得ないわ。この屋敷はいわば密室じゃないかしら」萌絵は怒ったように犀川に反論した。
「ああ、現実の殺人事件ではまあ起こりえない『密室殺人』だよ、確かに」
「破られないトリックは存在しないし」と四季。
殺人事件の撹乱は、ほとんどが凶器(What done it)隠滅、アリバイ(When done it)工作でありトリック(How done it)による偽装は僅かだ。
そして動機(Why done it)を探れば犯人(Who done it)はしぼられる。
「でも、物理的に僕ら五人のうちの誰かが森を殺すことは不可能だべさ」と栗田。
四人の目は解答を求めるように一斉に犀川に向けられた。
「ほなら、誰が森を殺したちゅうのや」東野ががなり声で犀川に詰め寄った。
犀川は天井を指差して呟いた。「彼さ」
五人は申し合わせたように首を上げた。
彼らは…
えっ、何だよ。
冗談じゃない。ルール違反だろ、それ。
『わたし』が犯人ではいけないというのはミステリーの鉄則だ。わたしではない。いい加減にしてくれないか。
「あなたは『わたし』ではないわ」
…
「そうだろう、『神の視点』君」
と犀川は言った、とわたしは言った。ああややこしい!
「すべてを見ていたのは君だけっしょ、神様」
わたしは神でも、神の視点でもない。単なる『カメラの視点』だ。
それに、殺人を見ていた者が少なくとも二人存在する事は分かるだろう。
殺された森と、犯人自身さ。
「当たり前だろう、それは」
ナイフが森の胸に突き刺さっていったのを確かに見ていた人物がいるということだ。
「誰やねん」
一行目を読んだ人物さ。
Kuri, Kipple : 2005.04.29
「読者が犯人」という推理小説は、すでに何作か書かれているみたいですね。