四月の空
末下りょう


否定のない拒絶にいすくめられたマスクのなかで 小さく
咳をした


マスクの正しい位置を探しながら電車に揺られ
息で曇る眼鏡の レンズの
向こう

(窓外にあらわれてはきえる 誰もが誰かを守りながら行き交うアスファルトに 誰もが誰かに守られながら建ち並ぶビルの壁に) ちらちらと 光が影に隠れ 鬼ごっこに明け暮れる午後の眩しさにすべての春を刻んでいく


四月の白雲から零れた白い羽ばたきに 落ち着きのない視界を奪われたとき
ソーシャルディスタンスのラビリンスで拾おうとした 
明日よりも優しくありたいと願う 
明日の昨日から 昨日の明日までの 
誰もいるはずのない今日の残響が
きみのもとにあるために
車窓からの風に幾つもの指紋を残してすれ違った手のひらを
鳥のように空に放した


(春をなくした夏のなかでようやく
ぼくたちはぼくたちの家に帰ることを伝えるために)

灰のなかのわずかな明るさのような 白いマスクを
顎まで下げて 笑った
きみの
湿った呼び声に
呼び名の隙間を縫うように
触れたくて

走り去る電車の影に消えたきみに会いにいく





自由詩 四月の空 Copyright 末下りょう 2022-01-14 14:41:27
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