ライタァジェノサイド
月夜乃海花

人には書く理由がある。
ただ、自分の感性を見せつけるため。
ただ、ありのままの文字を色付けるため。
ただ、そこに紙があるため。

「何故、僕が物語を書くのか?」
「簡単な話だ。文章を書くということ程、便利なものは無い。たった一行で誰かの人生を表すことが出来る。例えば『彼は戦時中に生まれ、戦後数年で死んだ。』これだけで、彼という人物は生まれて、殺されたのだよ。私の手でね。」

「どんな馬鹿でも紙面の上では神になれる。それが文章だ。どんな凡人でも天才を作ることが出来る。文字という色を混ぜて、奏でてね。色彩にも音符にも限界がある。だが、文字は無限だ。どんなに混ぜたところで、真っ黒に濁ったり、騒音で喧しくなったりはしない。さぞかし、素敵だとは思わないか?」

彼は少し特殊な小説家であった。というのも、彼の書いた作品の登場人物は最後には必ず全員亡くなるのだ。それが言わずもがな、賛否両論となり話題になった。

「人は神を創るのが大好きだ。その癖に神が出来た途端に嫉妬する。嫉妬して、怯えながら生きていく。自分が神の影になって忘れられないように。神を崇めるふりをして、実質ただ迷子になるのを嫌がっているだけさ。僕はね。そんな馬鹿な人間が大嫌いで、それでも面白くて、愛せるかどうか、ただ悩んでいるところなのだよ。一種の暇つぶしとでも言うのかな?」

「さて、本題に移ろうか。どうして僕の作品の人物は皆死ぬのかを聞きにきたのだろう?どうして、と言われてもそう定められたとしか言えないのだがね。先程も言った通り、たった一行で誰かを生み出すことは出来る。そして殺すことも出来る。もしくは生かすことも出来る。仮に君が小説の中の人物だとしたら、どちらが良い?小さな物語で美しく幕を閉じるか、それとも中途半端に描かれたまま、続きが書かれるのを待ちながら幽霊のように彷徨い続けるか。或いは他人に勝手に自分の人生を決めつけられるかもしれないね?文章を読むというのはややこしくてね。読む人が多いほど、書面の登場人物の生き方が増えていくのさ。」

「僕が彼らを殺すのはね。僕にとっての償いなのだよ。エンタァテイナァとして人々の人生を産んでしまった神としてのね。僕のことを『書面の快楽殺人鬼』と呼ぶ人もいるようだけれど、ただの懺悔を繰り返してるだけの影だよ。彼らを見世物にしてしまった。彼らを勝手に産んでそして被害者にしたり、加害者にしたり、本当は平穏な人生を送りたかったかもしれないのに壮絶な人生にしてしまった。僕の償いは彼らに届くだろうか。僕が生み出したのは物語というただの見世物小屋に過ぎなかった。」

彼は万年筆をくるりと掌で回して嗤う。

「さて、君はどうしたい?ここで死ぬか、それともまだ他人に勝手に人生を創造されるのを待つか。これで最期だ。」

万年筆は、いや、万年筆を持った影はぐにゃりと小説家に近づく。万年筆は緩やかにカーブを描いて小説家を刺した。108回。彼が小説に出した登場人物の人数を。彼の目や手は黒く滲んでいった。

「ああ、それで良い。僕も所詮は書面の上の神だ。やっと楽になれる。創られた神は案外辛いものだ。次は君の番。だろう?」

そして、この小説家もまた生み出されて殺された人物となった。

もう万年筆は動かない。









なんて。そんな筈は無く。
万年筆は待っている。
誰かが持つのを。そして、繰り返す。
一種の箱庭の御伽噺。


散文(批評随筆小説等) ライタァジェノサイド Copyright 月夜乃海花 2022-01-11 02:35:59
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