「歌う鳥」と「歌う人」
ベンジャミン
遥か遠くの忘れられた森に、一羽の鳥が隠れるように棲んでいました。
どうして隠れるように棲んでいたのか・・・
実をいうと鳥は、みんなと同じように空を飛ぶことができなかったのです。
鳥はそのことがとても恥ずかしく、そしてそんな自分をとても嫌っていました。もしかしたらそれ以上に、自由に飛べる他の鳥たちを憎んでいたのかもしれません。
でも、そんなことは考えたくもなくて、鳥は隠れるようにして誰にも見つからない森の深く、いつも哀しく歌っていたのでした。
そんなある日、一人の旅人が森の近くを通りかかりました。
旅人はかすかに聞こえてくる歌声に気づき、そしてその声に導かれるように、森の奥深くへと吸い込まれてゆきました。
いったいどれくらい歩いたのでしょう、旅人はすっかり歩き疲れてしまったのですが、少し開けた池のほとりで、とうとうその歌声の主を見つけることができました。
旅人はすぐにでも呼び止めてしまおうかと思ったのですが、驚かして逃げられては困るので、どうしようかと悩んだすえに、その声にあわせて歌うことにきめました。
鳥は自分の歌にあわせて聞こえてくるもう一つの声にすぐに気づいたのですが、知らないようなふりをしてそのまま歌い続けました。けれど、いつまでたってもその声が止まないので、だんだんいらいらしてきた鳥はこらえきれずに言いました。
「なんだい君は!私が歌っているのを邪魔しないでおくれよ」
旅人は、はっと驚いたのですが、すぐに嬉しくなって言い返しました。
「やあ鳥さん 僕はまったく悪気があったわけでないのです あなたがあんまり気持ちいい声で歌っているものだから 僕はついつい失礼を忘れていました」
鳥はやっぱり不機嫌そうに、
「君はあたりまえに私を鳥だというけれど まったくそれは間違っている 私は鳥ではないのだ 鳥というものは自由に空を飛ぶもので 私は空を飛ぶことを知らないのだから・・・ さぁ ここは人の来るところではないから さっさと行ってしまいなさい」
そういうと、鳥は気を取り直してまた歌おうとしました。
旅人は、くっと笑いをこらえながら、それをさとられないようにすました顔で、
「これはまったく僕が悪い・・・ でも鳥さん! やはり僕はあなたを鳥だと思うのです 飛ぶ鳥が鳥であって 飛ばない鳥が鳥ではないというのは 僕は知らない道理です」
そう言い返すと、
「君の道理を聞きたいわけではないのだよ!」
と、鳥はもう頭のてっぺんまで赤くなりそうな勢いで言いました。
旅人は、またくっと笑いをこらえながら、
「ああ いったい僕は失礼ばかりだ けれど どうか僕の話を聞いてください」
旅人の話など、もう聞くまいと鳥は思ったのですが、旅人はかまわず話し続けました。
「あなたはさっき 僕のことを人だとおっしゃいました けれど ここへ来るまで 僕は お前など人ではないと言われて生きてきたのです 僕は歌うことができるのだけど それでも 醜くくずれた格好の僕は人ではないそうなのです」
確かに、旅人はおおよそ人と呼ぶにはひどい格好だと鳥は思いました。
鳥は自分が言ったことを少し悔やみながら、旅人の話をきちんと聞くことにしました。
「あなたは自分のことを鳥でないと言いたそうでしたが それはまったく僕の考えとは違います 僕はあなたを(歌う鳥)だと思うのです そして僕は自分のことを(歌う人)だと・・・ できることなら 誰もがそういうふうに思ってくれればいいと 僕は歌いながら旅をしています それはまったく自分のためでもあるのですが もしみんながそう思ってくれるなら 僕らがお互いを愛しあうことは難しくないのです」
鳥はすっかり黙ってしまいました。
「だから・・・ 鳥さん あなたはどうか(歌う鳥)であってください できることを高らかに歌う鳥であってください」
そこまでいうと、旅人は静かに歩き去ってしまいました。
鳥は呼び止めようと思ったのですが、うまく声がでませんでした。
鳥は大きく息をすーっと吸い込むと、もう見えなくなってしまった深い森の中、旅人の背中に向かって歌い始めました。
いままでだしたこともない、それはそれは美しい声で、まるで空を飛んでいるような気持ちで歌ったのでした。
森を抜けようとする旅人には、その歌が聞こえていました。
背中で聞くようにしながら、空を見上げた旅人の目には、遠くの空から集まってくる数千羽の鳥の群れが映っていました。
そして
「ああ これからも僕は(歌う人)であろう・・・」と、呟いたのでした。
(完)
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