祖母と故郷と、夕暮れと。
ちぇりこ。

一人暮らしも板についてきて
仕事もやっと落ちついてきたある朝
キッチンで水道の蛇口を捻ると祖母がにゅるにゅる出てきた
都会の水道はとうとう水のかわりに二親等が供給されるようになったのか
なんて思う訳もなく呆気に取られていると
「せいちゃん お米は切らしてないか?」
と祖母が言う
「こないだ10kgのやつ買ったから一人だとかなり持つよ」と言うと安心したように「そうか」と言って排水溝に静かに流されて行った
ぼくは小さい頃おばあちゃん子だった 何時も祖母の後をくっつき虫みたいにくっついてぴたぴた歩いてた
そんなぼくを祖母はいつもしわくちゃのお日様みたいな手で包んでいてくれてたんだっけ

それ以来
車に乗ってる時にサイドミラーを見ると
正座をしたままの姿勢で車と同じ速度で並走する祖母が居たり
会社のデスクで資料を漁ろうと引き出しを開けると石油ストーブの上に敷いたアルミホイルの上でお餅を焼いている祖母が居たり
お風呂に入ると立ちのぼる湯気が不規則にうねりだしスーラの点描画で描写されたような祖母がゆらゆら揺れていたり

ある日
彼女を連れて部屋へ帰る もしやと思いドアノブを回し玄関のドアを開ける
祖母は居た
玄関口で正座をしたまま深々と頭を下げている
「せいちゃんは本当に優しくていい子だから末永くよろしく頼みます」
彼女もつられて正座をして頭を下げる
「あ、ど、お、おかまいなく!」
急な展開で動揺したのか何だかわからない返答をする
「ばあちゃん…」
少し低い声でドスをきかせて言い放つと
祖母はしゅるしゅると煙のようにたなびいて天井へ消えていった
少し気になったので突っ張り棒の予備を伸ばして天井へドンと一突き
ガタン!と音がして祖母の気配は消えた

春の陽がなんの感慨もなく傾いてゆく
牧歌的な休日の夕に ぼくは窓の外を眺めている
街の速度に ちょっとだけついていけないぼくは だんだん猫背が酷くなり 幼い頃の断片を一つずつ捨ててゆく
白い畦道で拾った小さな歯車とか 届きそうで届かなかったオニヤンマの夏の高さとか
そうして また新たな白地図を埋めるようにしながら暮らしている
窓の下を自転車に乗った子どもの群れが通過する 夕陽に追われ敗走する十字軍のように もの凄いスピードで通過する
ばあちゃん ぼくはもうあの頃のような
小さくて おどおどして震えている子どもじゃあないんだ
仕事も慣れてきたし一人暮らしも 彼女だって
だから もう大丈夫だから
そう言って空を見る
みかん色の夕陽と同化したような祖母の顔が
この街の空いっぱいに広がっている
祖母は少しだけ笑ったような顔をして
「そうか」タンポポの綿毛につかまり薄暮の街並みに霧散してゆく
それ以来 祖母はぼくの周りには出なくなった
けれど
ぼくの部屋はしばらくの間
一日中 干したあとのお布団に残っている
お日様の匂いがしていた
そう言えば忙しくて
年末年始も実家に帰らなかったから
このGWには久しぶりに帰るか
ぼくは煙草に火をつける

飛行機雲



自由詩 祖母と故郷と、夕暮れと。 Copyright ちぇりこ。 2022-01-04 22:48:33
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