対話篇 Ⅱ
やまうちあつし
人と会う
PCの画面には
変わらない表情
顔色が青白いのは
パンデミックの現状のためか
それとももっと
大きな理由のためか
いずれにせよ
顔を見るのは久しぶり
まずは献杯をする
今日は世界で
一〇〇万人を超えた
緊急事態宣言が出て
外出を控えるようになってから
めっきり酒量が増えてしまった
以前は休日前夜に
一缶開けるくらいであったが
今では酒を飲まない日はない
ひどいときには昼間から
だらだらと飲酒している
画面の向こうでその人は
ぶどう酒で唇を湿らせている
話題は自ずと
昨今の状況と今後のことに
せっかくのオンライン飲み会なので
楽しい話題を選ぼうと思いながらも
話は微妙に食い違う
私は明日の暮らしが気になり
その人は人類の行く末が気になる
ありがたい聖句より
給付金の情報がほしい
チューハイをあおる私を
かの人は画面の向こうで
悲しそうに見つめる
近頃は密を避けてか
教会に集まる人も少ないらしい
オリーブ山にもゴルゴダの丘にも
人影はまばらだという
隣人愛とは
濃厚接触のことに他なるまいよ
なんてタチの悪い冗談
口にする始末
かの人の顔色は
先ほどよりも青白い
私は悪ノリし
いっそのこと
そんな茨の冠なんか
脱ぎ捨ててしまったら
と持ちかけてみる
誰も見る者はないのだから
画面の向こうのかの人は
明確に拒否する
人は誰でも生まれつき
額に冠を頂いている
脱ぎ捨てようとしても
決してできるものではない
ほら、あなただって
と
こちらを指さす
自分の頭を触ってみるが
冠なんて被っていない
(ように思われる)
ふと
画面の向こうを何かが横切る
黒くしなやかな曲線
まさか
と冷や汗が出る
ちょっと
大丈夫かい
家の中まで
入り込んではいないかい
かの人は穏やかな表情で
パンをちぎって口に運ぶ
もうひとちぎりして
自分の後方にぽとり
そこへ集まる黒い影
やはり
部屋にいる
その人の後ろに一匹
行儀よく隣に一匹
ずうずうしくも前を横切って
もう一匹
おそらく
それだけではあるまい
奴らの繁殖力といったら
想像を絶するから
そんなことを考えていると
背後に
生暖かい気配
ばかな
と慌てて振り向く
黒ヒョウがいる
のけぞるが
時すでに遅く
部屋の中は黒ヒョウでいっぱい
あれだけ交わりを避け
隔絶された生活を
心がけていたはずなのに
いったいどこから入ったのだろう
部屋いっぱいにひしめく黒ヒョウ
押し合いへし合い
もみくちゃにされる
息苦しさと熱気のために
朦朧とする意識のなか
pCに目をやると
画面はすっかり真っ黒い
シャットダウンしたのではない
黒ヒョウが部屋を埋め尽くし
ひとのこの姿が見えない
こんなことなら
一度でも触れたらよかった
かの人の左わき腹
今でもぱっくり開いている
古い傷跡に
そうすればかの人の痛みが
少しは理解できたかも
その痛みとはとりもなおさず
わたしの
そして
わたしたち全員の
痛みであったはずなのに
もはや
後の祭り
黒い毛並みに埋もれながら
呆然と手を伸ばす
そのとき
真っ黒い液晶画面から
かすかな光
画面の向こうから
声がする
か細いが
芯のある声
「エッファタ」