月蝕
soft_machine

いつか見はらしのいいどこかへと
ひらいた傘が浮かんでゆれてく流れ
しずみつもった景色をさけて
わたしに望遠の目がもてたなら
ビルとビルの隙間をはしる列車を待っていいけれど
屋根裏の秘密がもてたなら
燐寸を擦ってまぼろしを掴まえていいけれど
今はまだ始まりのまるい露があつまるどこかへ
織りなす色の夕映えのひそかへ

ほら、金星が見える/木星も見えた/水銀燈が放つまばゆい礫が/網膜を灼いて意識の結びを点滅させる/自転車のライトの爆発光が想いをかきみだす
たのしげな水面のさざめきや/あたたかく濃い闇から遠くはなれ/つるつるになった脳みその奥に残された/ふるい領域できみはいつまでもひとり/声もなく
いつまでもさけび/ひと筋のなみだも許されない

子どもらが西にむいて弓をはる
川ぺりには・・・、同じような人たちがやっぱり空をあおいで
あまく熟れた・・・、月を咬むのだ
みんな見えないはだかになってゆく
あぁ、なんてうつくしいのだろう
あぁ、なんて遠いのだろう
カメラを持ってくるべきだった
ニ〇〇ミリでもすこしは近づけただろう
お財布だけは持ってくるべきだった
それで缶ビールを買って

地球の陰が終わった/あらゆる角度で失われてゆく体温/フルニエのバッハが終わった/イヤホンを外すと街の音が意外と大きくてびっくり
 ホバークラフトの飛行点検が終わった
  フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
 真空に触れるおおきな火球
  夕映え、最後の一枚が終わった
そうしてわたしは視力をもどしたい/こまかくちぎれた夜をふたたびととのえ
人ごみを離れたきみをメガネ越しに見ると/まるで手塚治虫のマンガみたいだ
だから直接、風を目に受けて
「見てる?」
「見てるわ」
ふたつの月を重ね合わせて




自由詩 月蝕 Copyright soft_machine 2021-11-21 20:26:18
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