風穴の夜
ホロウ・シカエルボク
動乱を思慕する、がらんどうの日、雪の無い雪景色、早い冬の休日、いつだって同じ話、どっかで見た景色、勝手に時が過ぎ、いつかしら夕暮れ、見送り、空振り、呆けた椅子の上、目の中にまだら模様、妄想の残像、なにか刺激的な―思い出せない夢、歯軋りのように繋いで、必死さに飽きて忘れた、思考回路を転がる空っぽの壺、巨大な生物が喉を鳴らすような、虚ろな欲望がただただ跳弾する、エイトビートのロック、轟音の彼方にあるのはきっと興奮じゃないはずさ、自殺防止の柵と同じ役割、気をつけろ、その先は崖だ、口内炎を嚙み潰すいらだち、目の覚める痛み、そして時計の文字盤の確固たる意志、鯱張ってんじゃねえよ、てめえなんかただの電化製品だ、規則的なビートに哲学なんか絶対に乗らない、そんなものに操られるやつらは関節ごとに糸がついてる、顔の無い巨大な意志がそれを操作している、幸せの在り方は自由だ、意志とは選択によって結果を求めるということだ、水で喉を潤す、乾いた体内を水道管の体温が駆け抜けていく、そんな時には樹になったような幻覚が脳内を駆け巡る、そして例によって、すぐに忘れて行ってしまう、地面を這いつくばるのは程よい幸せなのかもしれない、空の高さを探る必要など無いからだ、でも俺には耐えられない、少なくとも、有限の命をもって生きるべき道ではない、だけど知ってるかい、地獄の亡者たちはみんな、上に登って行こうとするやつらの脚を引っ張って、引き摺り落して巻き込んじまうとしたもんなんだ、俺は腕を振るって接触を拒む、頼むから一人にしてくれ、そんなところに関わってる時間なんかもうない、思えば小さなころからそんな風に感じていた、俺にはピュアネスがなかった、すべてを鵜呑みにして信じられるようなピュアネスがなかった、現実はいつだって胡散臭かった、おためごかしのように思えた、だからいつだって二の足を踏んでいた、だからいつだって出遅れていたんだ、俺は疑問符にとらわれていた、疑問符に埋もれて死んでしまうような気がしていた、そういえばあの頃にもこんな、火葬場のロビーに居るみたいなな夕暮れがよくあった、きっとそれはその日のどうしようもなさを見送っているのだ、目を見開いて…誰かが別れを告げる声が聞こえる?それは予感かもしれない、それは今すぐではないかもしれない、だけどそれは珍しいことじゃないかもしれない、だって命は有限じゃないか、スタンプを押すみたいに生きていくことは出来ないんだ、ならば続けろ、と俺の神は言った、煩いくらい喚きやがるんだ、いまだって―だけど言っちまえば、それは快楽だよ、すべての手ごろな楽しみを手放したところにそれがある、そいつは俺をどうしようもなく病みつきにさせるのさ、合法的な麻薬だ、求めれば求めるだけ手に入る、ラップトップを叩き起こせ、脳味噌に風を入れろ、いつだって始めることが出来る、目的、それこそが失われることがなければ、本能は起動する、どうしてそこに居るのか、どうして生き続けるのか、どうして心があるのか、どうして感情があるのか、どうして芸術は生まれたのか、どうして言葉は紡がれたのか、どうして歌声は上げられたのか…きっとみんな、その始まりとなるものを目にしたのだ、その始まりとなるものを耳にしたのだ、それは確かな感触をもって、俺たちの細胞を揺り起こす、目覚めろ、夢を見続けてはいけない、その寝床は時間をかけて腐っていく者たちの為のものだ、お前はそうじゃない、俺たちに気付いた、そうだろう?お前がこれまでに手にしたうちのどれでもいい、手段を選択して実行するのだ、それがこの一日に確かな色をつけてくれる、今日のお前の死はそいつによって報われるだろう、知っているだろう、気付いてきただろう、これまでにも、何度も、何度だって気づくことが出来る、それはいつだって確かなものとしてそこにある、戻って来ようと思いさえすればいつだって戻って来ることが出来る、そしてお前はいつだって戻って来ようとするだろう、仮に上手く出来ない時があったとしても決して諦めはしないだろう、そして俺たちは確かにそのことを知っているだろう、無自覚な生きた亡者の列に並んではいけない、餌の為に後ろ足だけで懸命に立って見せるサーカスのライオンになってはいけない、織の中から御座なりに凄んで見せるような―お前はそれが嘘だと思ったその瞬間から、魂を咆哮させる術を模索したのだ、もしかしたら初めてそいつを見つけた時よりはずっと上手く出来るようになっているかもしれない、もしかしたらそれは、この先もっと上手く出来るようになるかもしれない、そいつは衰えを知らない、荒ぶる魂は飼い慣らすことが出来る、少なくともそのコツだけはお前はとっくに掴んでいるじゃないか、さあ起きろ、そこに居てはいけない、身体を起こして、寝床に楔を打ち込むのだ、寝返りのうちにそいつが身体を傷つけた時、その時初めてお前は今日の意味を知るに違いないさ。