腕輪数珠と十字架のネックレス
板谷みきょう

自分自身をブラフマンだと言い
警官に連れられ強制入院と
なった彼の目の前で
敢えて
天然石腕輪を付けている手首を
見せつけるように
ボクは彼の薬を
両の手で温めるように挟んだ

『何をしているか分かるかい?』

宗教妄想に囚われ尊大な態度で
頑なに治療を拒み続け
内服薬の拒否は時に
暴力的な抵抗となっていた

薬を飲まない為、ほぼ毎日
筋肉注射を射たれていた彼は
暫くしてからボクを見て
「薬が浄化されていく!
それなら、服めます。」

妄想支配から抜け出せない彼に
『誰にも秘密だけどね。君にだけは言っておくよ。
僕は、釈尊の直系。ゴッドサイダーとも
呼ばれているんだけどね。』

それから彼の担当の時には
宗教妄想の話を聞き
ボクも仏教系の書物も随分と読んで
宗教談義をした

抗妄想剤の効果も出始めて
すっかり落ち着きを見せ始めた頃

「板谷さん。
一寸、話があるんですが…

ボクが入院した時のことや原因は
知ってますよね

ボク、自分はブラフマンだと
信じていたんですが
どうも違うような気がするんですよ
えっ?
三ヶ月くらい前からです。」

『そうなんだ。それなら話すけど
僕が“ゴッドサイダー”って言うのも
嘘だよ。』

彼は愕然とし言い放った

「それなら、入院した時に板谷さんが
本当のことを言ってくれてさえいれば
入院がこんなに長くならなかったのに。
どうして言ってくれなかったんですか!
ボクの入院が長くなったのは
板谷さんのせいだ!」

『あの時の君は、保護室で誰の言葉も
信じようとしなかったし
薬も飲まず治療を拒み続けていたのを
覚えてるかい?
だから僕は
“ゴッドサイダー”なんて言ったし
それから君は
治療を受け容れるようになって
今になったんじゃないの?
これからは僕
君の言動がおかしいと感じた時は
本当のことを言うようにするよ。』

デールームでキリスト教系の宗教妄想で
入院している人と談笑している姿を
ちょくちょく見かけるようになったが
実は
その人の入院の時には
クロスの銀のネックレスを付けて
白衣の襟元から見えるようにして
同じように入院対応をしていたのだ

腕輪かネックレスかどちらを付けるか
迷っている僕を尻目に
彼は
時折、精神的に不安定になりつつも
その都度、僕の指摘を素直に信じて
開放病棟に転棟しそれから退院し
病院を去っていった


自由詩 腕輪数珠と十字架のネックレス Copyright 板谷みきょう 2021-11-10 12:25:57
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