例のあいつ
凍湖(とおこ)

なにもかもおしまいにする
口にしてはいけない
例のあいつ

わたしは疑っている
道をゆく九分九厘の人が
みんなそいつをふところの隠しにいれているのではないかと

シータとパズーの重ね合わせた手のひらの皺から
じわりと漏れ出ているのかもしれない

最近また、馴染みのあいつとの同居話を聞いた
半年のあいだ鴨居にループにした紐を吊るして
毎晩そいつを横目に寝て
その人は、他人の措置入院の世話に駆けずり回っていた

吊るされた輪を覗けば
輪の向こうにいたあいつの
安息のかいなを広げていたのが
見えたのだろうか

なんの変哲もない
十人並みの死神トート
歌もダンスもないけれど
幼いころからひっそり隣りにいる
ひとりにつきひとり憑いてる

待っているぞ、待っているぞ
という呼びかけに
待っていてね、待っていてね
と返して
やつのお迎えを
でき得るかぎり先延ばしにしている

だって
だれにだって
あいつの手を取ってほしくはないんだもの




自由詩 例のあいつ Copyright 凍湖(とおこ) 2021-11-02 15:48:56
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