まンりき
ゼッケン

大通公園の花壇に面した歩道の脇にしゃがみこんでいたおれの前に男は
白昼、立ち止まり、コートのポケットからスマートフォンを取り出しておれに
差し出した。おれは手を伸ばして薄いそれを受け取った
傍らの路上に置いた卓上万力のすき間に挟む
するりと抜けて落下しないように片手でつまんだまま、
もう片方の手でハンドルを回す。手ごたえがあって薄い端末は万力に固定された。

もはや落ちることはない

おれはつまんでいた指先をスマホから離し、ハンドルに両手をかける
力を込める前に横に立つ男の顔を見上げる
まだ若い男だった
やるけど? はい、お願いします
おれは抵抗する万力のハンドルに力を込めて両手で回す

昼間は目立ちすぎる黒いカラスの羽は夜、静かに
閉じた翼の下に身を隠すためのものだ
陽の下では目の敵にされるが、夜になれば
安心して目をつぶっていられる

すばらしい

夜だけがすばらしい

おれは夜眠りたい
安心して目をつぶっていたい
しかし、センサーの正午は人間から影を奪った
人間たちの真上で永遠に止まってしまった太陽
人間は灼熱の走査から逃れる術がない
誰がおれたちの体験を所有するために買い取ったのかはいまとなってはもう、

個人は死んだ
人間は影を無くした

バキバキと万力がスマホを潰す
だが、こんな端末を破壊したところで自由を取り戻せるはずもない
万力は自由になるための道具ではない、願いだ
おれはハンドルを逆回転させ、潰れたスマホは地面に落ちた
もうそのアスファルトへの落下音は男に刺激を与えない
おれは路上からスマートホンを拾い上げ、男に差し出す
男は首を横に振り、おれは背後のポリバケツに残骸を放り込む
若者はおれの前から去った、振り向きはしなかった
誰もが未来へと向かって進むしかないのだ

世界中で妨害電波装置を積んだ気球が上がっている
すべては海へと流れるばかりだ
雲の上の月の光は冷たすぎて


自由詩 まンりき Copyright ゼッケン 2021-11-01 00:21:01
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