空中ブランコ
Lucy
秋の夜は 濃さを増してゆく群青の空の深い深い奥のほうから
細い真鍮の鎖が二本 長く垂直に吊り下げられ
両の手でそれに掴まり
先端の細い横棒に ピエロがひとり腰かけていたのでありました
白塗りの顔に だぶだぶの水玉模様の服を着て
右目の周りにあかいダイヤ
左の頬には涙のしずく
大きな口が笑った形に貼りついて
ピエロは僅かに項垂れて
芯まで冷えた身体をブランコに預けていたのでありました
漕ぐのをやめてもうどれぐらいたつのでしょう
澄んだ空気が凛々と鳴る程に冴えわたる空の更に高い処では
ブランコのような月が輝き
硝子の粉を散りばめたような星が瞬き始めると
細い鎖にきらりきらりと反射して
握った指先もすっかり冷たく感覚を亡くしてゆくのでありました
折しもピエロは立ち上がり
ゆっくりと膝を曲げ 力を込めて伸ばしました
ブランコは少しずつ揺れはじめ
やがて大きな弧を描き空を往復し始める
加速と失速 失速と反動を繰り返し
次第にもう少し高い位置まで到達しては引き戻される
ピエロは漕いだ
漕ぎながらピエロは笑う お腹の底から
戻されながらピエロは泣いた 声を限りに
顔の化粧はいつしか剝がれ
本物の涙の雫が夜露となって地上に落ちた
ついに限界に届く頃
ブランコに足を引っかけ逆さにぶら下がっていた
向こうの空から飛んでくる
もう一つの黄色いブランコに
両手を伸ばし 飛びうつる