年越し夜勤の思い出
板谷みきょう

急性期、慢性期とは違う
退院前提の患者達に対して
病院が新たに取り組み
出来上がった開放病棟

十代のシンナー少年から
族上がりのチンピラヤクザ
アル中やヤク中やテキヤや
トラック運転手まで

他の精神科で断られたり
警察経由で入院した患者達の
医局で落ち着いていると
判断された三十名程の病棟だった

任されていた婦長が耐え切れず
辞任してしまった後釜に
ボクが任された理由は知らない

兎に角
喧嘩やトラブルが多く
背中一面に入墨のある患者達が
やれ稲川会系だとか
丁字家やら源清田とかで
揉めていたりして消灯近くに
いきなり
「センセ―!!ちょっとお願いします。」
と呼ばれて「手打ち」の
立ち合いまで
させられたこともあった

まだ山口組が北海道に
進出してくる前のことだ

十二月三十一日から一月一日の
年越の夜勤は
どこの病棟に居た時も
「主婦は忙しくなるのよ。
だから板谷君、頼むねぇ。」と
十年以上も
年越しの夜勤をしていた

そんな年越の
深々と雪の降る深夜0時に
机に座り巡回記録を書きつつ
新年用に看護日誌や記録を
整理していた時に
後ろの中庭に面した窓から
コンコンと叩く音がした

初めは勘違い
聞き間違いだと思ったが
何かあっても
事務当直者は事務室で
仮眠中だろうし

ままよとばかりに
内窓を開けても
外は真っ暗で何も見えない
仕方なく内鍵を外し
窓を開いて吃驚した

十数人の人影が見え
直ぐに
退院した元患者だと気付き
咄嗟に
入院中の不満を理由に
お礼参りの仕返しだと思った

「誰だ!
こんな夜中に!
何の用だっ!」と叫ぶと

雪をこいで窓辺に近付き
室内の蛍光灯の明かりに
照らされ
顔がはっきりと解った
一昨年、退院していった
トラック野郎の穐山さんだ

彼の入院中に
不快な思いをさせた記憶は無い

…というか
ボクには、どの患者に対しても
恨まれるような扱いを
した覚えが無いのだ

すると
彼の後ろから顔を出して来たのが
破門されたヤクザ者の
千葉さんだった

「いやぁ。年末だから
地元に戻って来れた連中と連絡し合って
集まってた訳さ。
そしたら、病院の話になって
板谷さんの名前が出て
確か、いつも年越しは板谷さんが
当直のはずだってことになってさ。
それで、みんなで挨拶に行こうって
顔を見に来たのよ。
あん時ぁ、世話になったね。
何も持って来てねぇけどさ。
みんな、元気でやってるから。
・・・・
来年も宜しくお願いしますってもんさ。」

「お礼参り」と思った自分が
恥ずかしくなって
ボクは
「みんな、無理しないで
入院しないように
来年も頑張ってよ。
ありがとうね。」
そう言って一人一人に手を振り
窓を閉めた

ザクザクと離れて行く足音に交じって
「来て良かったな。」
「板谷さん、元気そうだったな。」って
声が聞こえて
内窓の鍵を掛けながら、俯いたボクは
不覚にも泣いてしまった


自由詩 年越し夜勤の思い出 Copyright 板谷みきょう 2021-10-14 13:58:48
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