マッツンの十五の夜
板谷みきょう

捨てられている灰色のスーパーカブを
松原鉄工所に持って行くと
同じクラスのマッツンが
走れるように直してくれた

シートを掛けて林に隠して
3台溜まった所で五人のいがぐり頭
ヤマロクとオサムとトリとマッツン
そしてボクらは
夜中に集まっては一人一人
間隔を開けながら町中をカブを
麓まで静かに押して歩いていた

けれども
気分は上がりっ放しだから
つい
ワクワクに負けて
話が大声になり
慌てて
「しーっ!」と言い合った

麓に着くと
「押しがけ」でエンジンをかけ
次々と山道を競うように
走り去っていった

オサムは
ガソリンをオイル缶に入れて
家から持って来てたから
必ず一番に乗る事が出来た

順番待ちでトリが次に
ヤマロクのバイクに乗って行った

「イッタは、押しがけムリだべや。」と
いつも言われて
誰も変わってくれず
待ちぼうけの状態だったけど
それでも
夜中の集まりには必ず行ったのは
ドキドキする位に
ワクワクが止まらなかったからだ

トリが暫くして畑に捨ててあった
カブ一台を見付けて
夜中に鉄工所に持って来たけど
オンボロ過ぎて直らなかった

マッツンが
「こっちの方がレッグシールド
いいから交換しとくわ。」

ボクも一生懸命
捨ててあるバイクを探したけど
見つけられず
それから四人が深夜に
山道を走るには
それから三ヶ月が必要だった

林のブルーシートの下には
いつも四台のホンダの
スーパーカブが並んでいた

ガソリンを缶で買うことも覚えた頃
ボクは浜中町の防波堤の外側で
黒光りしたオートバイを見付けた
いつものように
家族が寝静まった頃を見計らって
拾いに行き
「カブじゃないけど…。」と
マッツンの所に持ってったら

「イッタ。これどーしたのよ?
これスズキの125ccだでぇ。
ちょっと、見てみないとわかんねぇけど
まぁ。俺に任せとけって。」

タイヤのパンクを直したり
エンジンが掛けられるようになるまで
一ヶ月近く掛かったけど
ヤマロクもオサムもトリも
錆を落としたり磨いたりして
真っ黒なバイクが完成した

ガソリンを入れてから
「イッタが持って来たんだから
初乗りの権利はイッタだ。」と
マッツンが言ってくれたけど
大きさも操作もカブと随分と違う

「否、直したのはマッツンだから。
マッツンが先に手本みせてよ。」
怖気づいてしまったことを隠しながら言うと
夕暮れにマッツンが鉄工所からバイクを出して
走らせて一回りするとオサムが乗って
ヤマロクが乗ってトリが乗って
目をキラキラさせて頬を紅潮させながら
戻って来た

「あとは、イッタだけだ。
乗ってみ。馬力が全然違うから。」

その日ボクは、学生ズボンの上に
Tシャツを着てピンクのカッターシャツを
羽織っていた
鉄工場から押して貰ってかかったエンジンに
フルスロットルで飛び出し
風を受けながら農道を走ってると
まるで飛んでるみたいで
最高の気分になった

しかし
大きなカーブに差し掛かっても
スロットルを戻すことができず
道から外れて畑の中に
突っ込んでしまい
泥だらけになってしまった

「こらっ!ドコのおんちゃだっ!
オメ、西中だなっ!」

バイクを起こすのに手間取ってたら
畑で作業してたオヤジが走って来た

「関係ねぇーべよ!」

粋がって言った瞬間
オヤジの拳が飛んできて
バックリ殴られ
ボクは
そのまま俯き涙目と震える声で
「すいません。」
としか言えなくなった

カブで後から走って来た連中は
その有様を見て
そのまま走り去って行った

「オメ、イタヤんとこのバチッコだなっ!」

「すいません。」

「畑、メチャクチャにしやがって
これ、どーすんのよ!」

「すいません。」

「もう、どーにもならん!
オメらもこったらことばりすんだら
ろくたモンにならんべや!」

「すいません。」

その時、僕はもう
すっかりと泣いていたのだ

「もういいっ!さっさとけぇれ。バカタレっ!」
オヤジは
オートバイを畑から出すのを手伝ってくれた

「オメダチの仲間も
みんなドコのおんちゃか知ってんだど。」

松原鉄工所に帰ったら
みんな心配して待っててくれていた

「あのオヤジ。おれらのことみんな知ってるって…」
そう言うと
みんなそれぞれに
「明日、江田に呼び出しくらうべか。」
みたいなことを話してた

翌日
誰も呼び出されなかったけど
あれから誰も
夜中にカブで走らなくなった

それからは
自転車であの農道のカーブを走る時に
力一杯ペダルを漕いで最高速度で
「恐怖の45度バンクーーー!」って
叫ぶのが流行った

そして
マッツンは、工業高校を卒業後
帯広のクボタに務めた


自由詩 マッツンの十五の夜 Copyright 板谷みきょう 2021-09-29 23:14:57
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