ちょこっと寒いところにちょこっと長居しただけですぐ体調を崩すやつ
末下りょう
子供たちが三輪車で走り回る公園に 精子が乾燥して凝結した模様の透けるピンクのコンドームが落ちている
長閑な公園の中央に なにかの脱け殻のように
ピンクのワンピースを着た女の子の三輪車にコンドームは巻き付いて ペタンペタン音をさせ始めている
ぼくはこの公園で別れた彼女と待ち合わせをしている
彼女には新しい男がいる
なぜ彼女と待ち合わせをしているのかというと
彼女から連絡があったからだ
多分ぼくに貸したお金の話だろう
木製ベンチの前で 子供たちの母親たちが談笑している
恒常的な微笑みを薄皮一枚に張り付けたような老女が 派手な服を着せた若そうな柴犬と通りすぎる
花壇の向こうの芝生には 若い男女がやわらかそうなフリスビーをピザ生地のように投げ合っている
その先の溜池には 釣り人が自らの魂に糸を垂らすように萎えた竿を揺らしている
聞き覚えのある声がぼくの名前を呼んだ ぼくの名前のほうを向くと
花柄の日傘を差した彼女がいた
彼女はばっさりと髪を短くしていた
彼女はなにかを着ているのだけれど 光の加減で なにを着ているのかぼくにはよく分からなかった
彼女の顔もどこかぼんやりと白く霧がかっていて 彼女の声は霧深い森の奥から鳴り響く記憶のようだった
彼女の足下には スカートらしきものが小波のように揺れていた
そのまた下の ベージュっぽい 靴らしきものは 穏やかな海に沈んだ二艘のボートのよう
三輪車の女の子が汚物を見るような目でぼくを見て
ペッタンペッタン通りすぎる
母親たちの笑い声が響く
真昼の遠心力に震える 蝉の鳴き声は もうない
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる
花柄の日傘が彼女の手から離れ 空に投げ出されたように見えた とても乱暴に
ペッタンペッタン
ペッタンペッタン
ぼくの視覚はもう 次の空白を埋めるためだけに必要であるに過ぎなかった
灰色の風景が
斜めに、消える
ァ
ボクニハキミニツタエタイコトナンテナニモナインダ
ハジメカラ
ナニモ
彼女の声が 次の空白を探すように木漏れ日に溶けていく