ホロウ・シカエルボク


砂利道に零れ落ちた戯言は瞬く間に無に還り、舌癌の男の歌声がドラム缶に飲み込まれる、機能食品の後味だけが喉笛の入口でオシログラフの針を揺らす、ボトルネックプレイのブルース、環状線の高架の脚で錆びのような染みに変わる、町工場の廃墟の割れ落ちた窓の中からグラインダーの残響、狂気は路地裏の羊歯に張り付いた芋虫に憑依し、しゃれこうべ模様の羽を持つ蝶になる、ミクロネシアの流行病の話、暑い国のバグは決まって表皮を焼き尽くす、通り過ぎた散歩中の老人が大音量で鳴らしていたトランジスタ・ラジオからは、得体のしれないワクチンの効能について繰り広げられる議論、熱心な無関心を押し売りする関係者、矛先を間違える被害者の群れ、ヒス・ノイズの出所はいつだって不明、寝ている間に、鼓膜に書き殴られた醜悪な呪詛の言葉、大型電化店の液晶テレビに映し出される、見るも鮮やかなスモール・パッケージ・ホールド、貸本屋の火事のあと、燃えるだけ燃えた店主の死骸、ザクロがトレスされたポップアート、インスタ映えのストリート、鍵の掛かる、ファーストフードの生ごみ廃棄場、巨大な人工池のほとりで時に浸食された自転車、木枠にトタンを打ち付けただけの家に暮らすものたち、さざ波のようにやって来る夜明け、ブライト・ライツ・ビッグ・シティ、君の思い出は古い小説の数行の中に、明け方の為だけのサングラス、巨大な業務用洗剤の空缶に箒やらモップやらを詰め込んだものを乗せた台車を押しながらどこかの清掃係があちらからこちらへ、カーブミラーと同じくらいの関心と心情で海岸線の近く、四号線にはもやが立ち込めている、砂浜ではしゃぐベースボールクラブ・キッズ、彼らの声はいつだって高く擦れている、ブートレッグ・コンピレーションの、本人すら意図しないリアル、そんなものに憧れたエイティーズのファントムペイン、まるで航空機事故の死体みたいにばらばらに散らばりながら、確かな輪郭を失くしていく明日、慣れてしまえば喪失すらそうとは感じなくなる、泥沼を泳ぐスイマー、次々と沈んでいく、粘度の高い泡を水面に残しながら、彼らは水底で保存されるだろう、いつか、それを必要とする誰かが現れる時まで、この世は悲鳴で出来ている、俺が有限な限り、君が有限な限り、果てしなく続く古いブロック塀に書き殴られたスプレーの散文、苛立ちと、破壊願望と、お手軽な自由、そのすべてが中途半端なままだらだらと綴られている、歩道と側溝の間に伸びている雑草を踏みにじる、踏まれても伸びることが彼らのステイタスらしいよ、ボトルに入ったタブレットサイズのガムの奇妙なほどに清潔な味、人が道を歩くときに、そこに残していくのは決して足跡などではない、それは瞬間の生、瞬間の感情、言葉にする暇もないくらいの、瞬き程度の感情、心臓麻痺の老人は今際の際に無意味な羅列を残す、悔恨、悔恨、悔恨だらけの混沌、目を見開いてみたところで見えるものは限られている、路傍の石の草枕、飛ぶの飛ばないの以前に飛び方を知らない、コントラバスの乱れ打ちみたいな心拍、レッツグルーブ、魂の燃え滓、どうぞ取りこぼし無きよう、傍若無人、暴力反対、バーニングハンマー、溶岩の痛み、運命が糾う縄なら、片方ばかりが焼き付けられるのは何故なのか、俺の痛みは、君の痛みは、記憶として居座ろうとする魂の意地なのか、烙印のように紡ぐしかないのか、張り詰めた糸は触れれば切れるだけか、辿り着く場所などあるのか、穏やかな人生は夢物語か、俺は幸せなのか、君は幸せなのか、けたたましいサイレンを鳴らして何台かの消防車が通り過ぎる刹那、焼け焦げて燃え落ちる人々のモノローグは風に舞い道端で煤に塗れるのみか、それは詩か、それは詩じゃないのか、その線引きを決めるのは誰なのか、目に見えるものと見えないものの境界はどこにあるのか、見ることと知ることは同じものなのか、生と死は、上昇と落下は、幸と不幸は、同じ終焉に向かって突き進むのみか、ブリリアントデイズ、高速回転する幾つもの車輪の軋み、交響曲のような軋み、速くなれ、どんどんと早くなれ、もっともっと速く、もっともっと速く、呼吸があるから限界を知ることが出来る、限界は広がる、生を望む限り、命が先を望む限り、その先を知りたい、その先を見たい、その先を見せてくれ、その先を教えてくれ、どこまでも行こう、手に手を取り、だけど遅れたら置いていく、労う余裕はない、人生は速過ぎる、もうこんなところまで来てしまった、歩んだ道のりは焦土だ、だけどそれだけではなかったことは、胸の奥で渦巻く幾つもの痛みが教えてくれる、俺はキチガイで病人でまともだ、誰も俺のことなど決められやしない、一度掴んだものは手放してはならない、たとえそれがブスブスと手の中で猛烈な温度に変わり始めても、どうせ一度の人生、消し炭で終わるならそれもまた良しさ…。


自由詩Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-09-26 11:33:34
notebook Home 戻る  過去 未来