だいぶダイブ / ある女の子篇
末下りょう
クソ溜めでも進むしかない。
ティーンだったわたし、ブルーカラーの髪に黒ぶちのダテ眼鏡。
パンクス気取りのしがないガール。
ガムテでぐるぐる巻きにしたコンバースにレッドタータンチェックのボンテージ。
バンTと、スタッツフェチの友達と着回したライダース。
お金があってもなくてもヴァイナルやラバーソウルを物色して、クラブに入り浸ってた。
ヘタなバンド組んだり解散したり、グルーピーになったり、でも基本いつもひとりだった。
毎月ライブスケジュールを欠かさずチェックして、それが人生の予定表だった。
スタッツフェチの友達が妊娠した冬の夜、ロンドンからツアーに来てたバンドのライブにいった。
開演時間を大幅に過ぎた、アルコールや血や汗が染み付いた、ブーツやヒールで傷だらけの木目のフロアが暗くなると、BGMが止み、モヒカンやスキンのメンバーが狭いステージに現れて、しゃがんだり壁にもたれたりしてたキッズたちが息を吹き返したゾンビみたく最前列に押し寄せて、メンバーのファーストネームを叫んだりメロイックサインかざして意味不明な歓声を浴びせた。
セットされた楽器から発せられる音が断片的に響き、エッジが高められ、テンションが引き上げられる。
鼓動が破裂しそうになる。
そんで、みんな ライブする
絶対が発動する音を聴いた。
必然の自由を聴いた。
蠢くアナーキーを聴いた。
舌を突きだして拳をかざして激しくぶつかり合うオーディエンスを掻き分けてわたし、光と爆音と肉体の渦を必死で切り抜けた。
もみくちゃになって最前列の手すりを掴むと、ステージを見上げた。
その夜、わたしは決意を胸にきてた。それは熱狂で、誰よりも先にステージに這い上がって、そっから人生初のダイブを、誰よりもアクロバティックに決める決意を胸に。きてた。
生まれて初めてのダイブを
セキュリティーの目を盗んで、腰の高さくらいのバリケードフェンスに足を掛けると、想像してたより簡単にステージによじ登れた。
何人かのキッズがわたしの気持ちを読み取って、背中を押してくれて、わたしの身体を持ち上げてくれたから。
出だしの曲は予想通りマイフェイバレットで、ステージに立ったわたしはプレイするメンバーの隙間から隙間へとリフに沿ってステップを踏み、グルグル身体を回しながら踊りまくって、大好きなギタリストの肩に手をかけて笑い合った。
英国の舞踏会みたいに
激しく叩かれるドラムセットのすぐ横でわたしは立ち止まり、一瞬、目を瞑り、一つ、深呼吸した。そんで らんちき騒ぎのフロアを見据えて、助走をつけて、身体をひねり、背面で飛んだ。
走り高跳びの選手をイメージして
ダイブ
した
ライブの ダイブって だいぶ スロウ って 思った
想像よりふんわりした、柔らかい感触のいくつもの手のひらに背中を受け止められた。
フロアのみんなを信じてた。理由もなく信頼してた。
わたしはなにかの生け贄みたいな体勢のまま、中空で音楽とファックした
それから最後の曲が終わるまで、ずっとふわふわした感じで音のなかに漂ってた。
よれよれに伸びて破れたTシャツのままわたしは真冬のライブハウスを後にして、何事もなかったような顔で家に帰った。家族の呆れ顔を無視して部屋に入り、狭くてぎしぎしうるさいベッドに倒れ込み、壁に貼ってある、ついさっき一緒にステージで笑い合ったバンドのポスターを眺めて、この夜は一生忘れないだろうなと、そう思って服のまま眠りに落ちた。