ある読書家の肖像
末下りょう



跡形もなく明け渡したのは  風のような空白の領地


秋めいた空気のなかを
所在なげにゆれる

遊び紙


コーネルにかけた
繊細で散漫な指の終ろうとする
記憶の産声を
軽さをもて余すように 裏表紙から表表紙へと重さを移すページに
乗せて
天秤のような
背表紙との
その束(
の間)


けだるく
それでいて
背骨の浮いた背後から はらはらとおりてくる黒髪の 闇の種を
冷たい光の溜まる
鎖骨の湖に
散布しながら
読書家の眠りは
ゆるぎない行間へと埋葬されていく


さらさらと読まれたささやかな書物が さらさらと砂のようにこぼれ始め
閉ざされていくことを知りつつ

紙より薄い深みに 涼やかに明けていく


その家にはもう
誰もいない




自由詩 ある読書家の肖像 Copyright 末下りょう 2021-09-14 14:06:17
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