鳥の息 / ある女の子篇
末下りょう
その夏、軒先の巣から落下した雛鳥を拾い、かたい土の庭に埋めて
はじめて心の
奥底に──
夏を感じた
(図書館の傘立てから盗んだ傘がわたしの唯一の武器で
傘にはマジックと紙とテープで名前が貼られてて
わたしはその傘を聖剣アマミヤと呼び
雨の日はいつも雨に濡れていた)
差すものではなく刺すものとして傘を握りしめて
赤い長靴がへなちょこな水溜まりを切り裂いてわたしの歴史は切り開かれ
水かさを増す用水路の橋にきみの背中がみえた日
わたしはアマミヤを抜いて
走った
市民プールの入口にはいつも濡れた服で煙草をくゆらせている男がいて
その傍には涙をながすことでからだを乾かしている女がいた
塩素消毒液のにおいのするプールと生臭い雨が混ざる音をフェンスの向こうに聞いて
雨雲のような野良猫がそこより過去というときがない朽ちた垣根から現れて 陽の沈むところをなめ濡らし 音がなければ意味の生まれない片隅に首をすりつけて耳をそばだて 大きすぎて大きさのないほうに消えていった夏
わたしの手の中で鳥が息を引き取りつめたくなったときから
わたしはその鳥の息の中で生きている
アマミヤを握りしめて
きみに斬りかかったあの夏の日から