ジェルソミーナ
妻咲邦香

最後の弦が切れて
風の音だけになった
折れたマストが流れ着いて
今来たばかりの海を見ている
アザラシの子守歌を流氷が真似ると
夜は胸ポケットの暖かさで
誰の豊かさも上手に隠すだろう

傾いだベッドの隅
空のボトルを見ている
2番目の夢に呼ばれた気がした
振り返ると私の名前をしきりと
叫んでいる
人違いかと思ったけれど
微かに訛りの残るアクセント
間違いない

カトラリーの引き出しに付けた傷が
まだ甘い寝息を立てて疼く
大人になっても涙の味は変わらない
もう見ない夢
いつまでたっても2番目の夢
今日だけは優しくしようと
その手を取った
悲しくない歌を探すけれど私たち
さよならを言わなくちゃだから

そして元気でいてと
ゆっくりと手を離した
何処にいても陽は昇るよと
別れ際そう言いそびれて
愛されて少し怖かっただけ
いつもそうなの?

砂に潜ってしまったものは
もう探さない
沖へとボートを流すから
手を貸してくれる?
誰もいないし見ていない
知らない子守歌だけが
浮かんでいる



自由詩 ジェルソミーナ Copyright 妻咲邦香 2021-08-29 23:41:41
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