ユーラシアの埃壜
ただのみきや

泣きぬらしたガラス
とり乱す樹木
細く引きよせて
下着の中へ誘いこむ
風とむつみ合い
あお向けに沈んでゆく
せせらぎも微かな
時の河底
陰影に食まれながら


缶ビールを開けて
キャロル・キングを聞いていた
はずだった


盲目の画家の中へ迷い込み
青白い耳の咲き乱れる庭を歩く
トウシューズとコンパス
真水もなく南に咲き惚れた想いが
触られることのないまま月蝕を抱き
燃え狂う蛾に囲まれている


誰とでもうちとけ合う俗信の
華やぎが日増しに傾いで
波紋が犬のように薬缶を蹴った


ああ秋の水たまり色をしたおまえの目
万象が高飛び込みを競い合う


磔刑にされた愛人の心臓
下腹部に沈む太陽
ふれることも叶わず熱を吐き
木の根が暴れ荒らしまわる
夜が破れてゆく
繕っても繕っても


火のように鳴りあぐね
帯をほどいて崩れかかる
ゼラチン質の無言
けむりの肌に墨を刺す
不眠の嘲笑に似てゆく詩作


鍵穴に唇をつけてなにを囁くのか
草刈りの匂いに酔った午後
蔓は祈りハッカの額は捲れ
蝸牛は喘ぐ笛を欲しながら
書棚から身を投げる
アンソロジーの死体
希望のようなものが蓮のように
どこかで咲いたり閉じたりしている
青い地球は赤の他人だった


市松模様の上
言葉は齧り捨てられた鳩
パラソルの下
蜂に刺されながら蜜をなめる男にとって




                 《2021年8月28日》








自由詩 ユーラシアの埃壜 Copyright ただのみきや 2021-08-28 13:15:55
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